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BOOK-5
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2026.1.2

闘う菩薩道
我が使命いまだ尽きず
佐々井秀嶺 著




2023年7月に佐々井秀嶺(しゅうれい)さんの
記事を読んだ。
佐々井さんは、60年近くインド中部のナーグプルに
住み、仏教の復興に尽力されている人。
インド仏教界の最高指導者の一人が
日本人だということに驚いた。
その記事には、2022年秋に、従業員1千人を
抱える日本人の元社長が得度を受けた
話しが出てくる。

その記事を読んだ後、妻の仕事の関係で
小野龍光さんを知った。
龍光さんは、以前は年商100億超えの
IT企業の CEOだった人。
前述の記事に出てくる元社長に違いない。

龍光さんは、数字を追い続ける生き方に
疑問を持ち、CEO を辞めて 友人に誘われた
インド旅行で、佐々井秀嶺上人に出会う。
佐々井さんは、1億人以上と言われる
インド仏教の頂点に立つ指導者。
1967年にインドに渡って、現在まで
インド仏教の復興に尽力されて来た方だ。
佐々井さんは、人生に迷っている龍光さんに
(その時はまだ「龍光」という名前をもらって
なかったけど)、「坊主になったらどうだ?」
と提案する。
龍光さんは、それまでの全てを捨て得度する。
出家だ。
龍光さんのお話しは2度か3度聴く機会が
あったが、とても素晴らしかった。

龍光さんの師匠となった佐々井さんの本を読んだ。
『我が使命いまだ尽きず 闘う菩薩道』

この本は、2010年に出版された『必生 闘う仏教』と
2015年に出版された『求道者 愛と憎しみのインド』の
2冊をまとめた上に、第三部として新たに
追加された部分も含めて、再出版されたもの。
クラファンで資金を募っての再出版だ。

読み応えのある本で、知らなかった仏教のこと、
インドのことを知ることができた。
もちろんこの本一冊で何かが分かったとは
思わないけど。

インドといえば、30年ぐらい前に
知人に聞いた話しを思い出す。
彼はインドを旅して来たが、街中で手や足のない、
物乞いする子供を見たと言う。
手や足のない子供の方が、同情を買い
沢山恵んで貰えるというので、親が手足を切るのだと聞いた。
日本人の感覚すれば、信じられない話しだが、
見て来た人が言うのだし、この手の話しは他でも
見聞きしたことがあるので、嘘ではないのだろう。

話しを本に戻そう。
インドのカースト制度というのは、
ヒンドゥー教の身分制度のことで、
1950年にインドの憲法で禁止されたが、
禁止されたのは「差別行為」であって、
カーストそのものは現在でも受け継がれているらしい。

「不可触民」と呼ばれる最下層の人々は、
人間扱いされず、大変ひどい差別を受けてきた。
今もその差別はなくなっていないようだ。
生まれた身分で一生が決まってしまう
ひどい制度だ。
そのヒンドゥー教が力を持つインドで、
人間の平等を謳う仏教は、当然、
一部の人間にすれば目障りな宗教だろう。
佐々井上人は、そのインドで人々のために
闘い続けてきた。
仏教なのに「闘い」というのは、違和感が
ありそうだが、本書を読めば「闘い」であることが
よく分かる。
本のタイトル通り「闘う菩薩道」なんだ。

龍光さんに出会ったあと、インドに行き、
佐々井上人と会って、得度した人を知っている。
彼女は衣(ころも)を着ていると
「内なる平和の状態」でいられるという。
信号無視もしないし、電車でも立っているし、
急がないし、ゆずる心があるという。
私は得度しないが、何となくだけど分かる。

その「内なる平和」のずっと先には
世界平和があるんだろう。


★★★★☆





2026.2.7

意味がなければスイングはない
村上春樹 (著)




村上春樹の小説は、過去に3冊読んだが、
今はあまり好きではない。
もう覚えていないけど『ノルウェイの森』は
面白かったような気がする。
それから『国境の南、太陽の西』を読んだ。
これは面白かったんだろうな。
30代だったと思うが、二度読んだ覚えがある。
そして、『1Q84』。
これで嫌いになった。
『1Q84』を読んだ感想に、その表現が
「外国文学を日本語に訳したような
言い回し」のようだと書いた。
(それはある意味当然とも言えることで、
村上春樹は翻訳家でもある。)
その表現がまどろっこしいというのか、
わざといらしいというのか、とにかく
読んでいてひっかかったんだな。
それが好きな読者もいるのかもしれないけど。

あと原作は読んでいないけど
『海辺のカフカ』の演劇を観に行ったことがある。
もう10年以上前のことで
記憶としては残っているのは、
「よく分からなかった」
「宮沢りえの声が小さくて聞き取りにくかった」
だけだ。
だが、当日の感想を読むと「終わった時には、
ゆる〜い感動とたっぷりと文学的作品を味わった
ような満足があった」と書いているので、
それほど良くなかったわけではないようだ。
記憶は当てにならないな。

いずれにしろ、もう彼の小説は読もうと
思わないのだが、音楽エッセイを見つけ、
評判が良かったので、興味が湧いて読んでみた。

名前を聞いたこともないクラシックのピアニストから、
シューベルト、ポップス(ブライアン・ウィルソン)、
ロック(ブルース・スプリングスティーン)、
ジャズ(スタン・ゲッツ、ウィントン・マルサリス)、
フォーク(ウディー・ガスリー)、
Jポップ(スガシカオ)などについて、
書かれているのだが、知らないことばかりだった。
まず、その守備範囲の広さに驚く。
このジャンルなら詳しい、という人はいるだろうけど、
何でも来いだ。

ファンの間では周知のことなのかも知れないけれど
村上春樹が作家になる前、 JAZZバーを経営していた
ことも知らなかった。
本書を読めば分かるが、かなりの音楽通である。
とんでもない数の音楽を聴いてきたことは
間違いないだろう。

そして、その語彙、表現力の豊富さ。
カタカナ言葉は多いが、鼻につく「外国文学を
日本語に訳したような言い回し」はあまり感じなかった。
この「ひとりごと」に音楽ライヴのレポートを
書くことが多い私としては、むしろその表現力の
豊かさ、幅広さに圧倒された。

例えば少し長くなるが、こんな表現だ。
「僕らは結局のところ、血肉ある個人的記憶を
燃料として、世界を生きている。
もし記憶のぬくもりというものがなかったとしたら、
太陽系第三惑星上における我々の人生は
おそらく、耐え難いまでに寒々しいものに
なっているはずだ。だからこそおそらく僕らは
恋をするのだし、ときとして、まるで恋を
するように音楽を聴くのだ」

「太陽系第三惑星上における我々の人生」
なんて、ちょっと仰々しいといえなくもないが、
「血肉ある個人的記憶を燃料として、
世界を生きている」や「まるで恋を
するように音楽を聴く」は、気に入ったね。

ご本人が「あとがき」にこう書いている。
「言い訳をするのではないが、音楽について
感じたことを文章のかたちに変えるのは、
簡単なことではない。それは食べたものの
味を、言語的に正確に表現することの
難しさに似ているかも知れない。」

音楽を言語的に正確に表現するには、
ボキャブラリーの豊富さとそれを使いこなす
するどい感性と、背景となる膨大な知識と
リスニングの量が必要だ。
彼はそれを備えていると思う。

そして、本書の素晴らしさは、
その章を読めば、その名前さえ聞いたことのない
音楽家について、「その音楽を聴きたくなる」
というマジックだ。
実際に聞くかどうかは置いといてだけど、
聴きたくなるのは間違いない。

昨年、ブルース・スプリングスティーンの映画
『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を観た。
その映画も知らないことばかりだったけれど、
本書を読んだことで、あの映画の意味が、
より一層深く理解できた。
たぶん、私がアメリカという国にとって
ブルース・スプリングスティーンがどういう存在か
よく理解していなかったんだと思う。
それが本書を通じて、全部じゃないだろうけど
ある程度理解できた。
その証拠と言っては何だが、ブルースが
トランプ政権の米移民税関捜査局(ICE)に
よる強制捜査により死者が出たことへの
抗議曲を発表したことについて
「なるほど、そうだろう」と思ったのは、
本書のブルースの章を読んでいたからだ。
ちなみにブルースは、その曲を
1月24日(土)に書き下ろし、
1月27日(火)にレコーディング、
1月28日(水)に配信リリースした。
そして、iTunesトップソングチャートで首位を獲得した。
とんでもないスピードである。
その歌詞には、ICE に殺害された
アレックス・プレッティとレネー・グッドの名前も出てくる。
日本のミュージシャンにはほとんどいない、
政治的とも言える音楽の活動だ。

ブルースの例は、たまたまだけど、とにかく
音楽・音楽家への洞察と愛に溢れたエッセイだった。


★★★★▲







ひとりごと