LAGUNA MOON MELLOW FLAVOR  LIVE GUITAR  LINK LYRICS


 つつみしんやのひとりごと  2016年 6月
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2016.6.1

ひとりごと 9周年

早いものでこの「ひとりごと」を書き始めて
今日で丸9年だ。
今では、自分自身の備忘録としても
大変に役に立っております。
始めた当時は、そんなこと思いつきもしなかったけど。
まあ、日記のような面もあるからね。

今さらだが「ひとりごと」とは我ながら
良く付けたもので、「ひとりごと」なので
何を書いても良いことになっている。
「ひとりごと」なので、
誰かに向けて書いているわけではないようだが、
実は、読んで欲しいと思っているという
このパラドクスが、自分でも愛らしい。
変?

10年目に突入。
これからもよろしくね。




痛風物語 11
〜 3度目の発症! 〜


つい3日ばかり前に「痛風物語10」と称して
1年間発症していないけど、4月の健康診断で
尿酸値が 8.3 という結果だったと書いたばかりだが、
昨夜遅くから、右足の親指付け根あたりが、
いや〜な感じで疼き出した。

この1年間、数回そういうことがあったのだが、
昨夜は、ちょっと違う感じがした。
えぇ〜? いよいよ発症?
なんか、ちょっとワクワクな私。
あほか。

寝ている間も、痛みで眠りが浅い感じ。

朝起きてみると、痛い。
完全に痛い。
間違いなく、やっちまったって感じ。

でも、前回や前々回の発症のように
我慢できなくて、痛み止めを飲むほどではない。

出かけるのに靴を履こうとしたが、
それはやっぱり痛い。
履くときに患部が当たって痛いし、
履いたら靴で締め付けられるねんな。
普段は、フィットしているというのやろうけど。
それでも、なんとか履いて出かけた。

痛くて、さっさと歩けない。

測ってないけど、平常時の倍以上の時間がかかって
駅に着いた。

でも、痛み止めを飲むほどではない。
ちなみに私のカバンの中には、
1年半前から、常時ロキソニンが入っております。

激しい痛みはないが、
昨年の、痛み止めも効かない強烈な痛みを思い出し、
不安がよぎる。
これから段々と痛みがひどくなっていくのかなぁ。
明日は、妻の誕生日&結婚記念日で
高級中華を予約してあるのに、食べられるかなぁ。
土曜日の撮影実習に行けるかなぁ、などなど。

しかし、1日を終えてみて今のところ、
悪化はしていないようで、痛みも軽く痛い程度で、
痛み止めは服用していない。
歩くのはゆっくりになってしまうけど。

これがピークで治まってくれるとありがたいなぁ。

昨年の2回目の発症時に「油断していたのが原因」
「自業自得」と書いたけど、この3回目の発症も
完全に油断です。
もう、はっきりと思い当たる節があるねんもん。

この1カ月間を振り返ってみても、
昨年5月の発症以降、食べないようにしていた、
とんかつ、エビフライ、チキン南蛮など、
食べた覚えがあります。
ええ、ええ、食べましたよ、確かに。
ちょっとぐらいええやろと思って。
おまけに、発症前日、一昨日には、
ず〜っと食べていなかった、焼き鳥も食べましたよ。
そして、鴨すき食べて、結構飲んで、
へべれけでしたよ。
そうですよ、暴飲暴食ってやつですよ。
ばちが当たったとでも言いたいのでしょ。
そうですよ。
当たったんですよ。

あ〜あ。

人間って、いや、私は弱い人間ですよ。
グスン。




赤めだか


昨年末に放映されたテレビドラマ『赤めだか』を観て、
原作を読みたくなり、すぐに買ったのだけど、
中々読まずにいたのを、数日前にようやく読んだ。

良かった。
ドラマも良かったけど。
原作、読み応えがあった。

『赤めだか』は、落語家、立川談春が
高校を中退して、立川談志に入門し、
二つ目の昇進するまでの物語。
テレビドラマはそこまでだったが、
原作には、以下の2つの章もあってこれがまた良い。

揺らぐ談志と弟子の罪
―― 立川流後輩達に次ぐ

誰も知らない小さんと談志
―― 小さん、米朝、ふたりの人間国宝

二つ目昇進までの話は、ドラマで観ていたので、
驚きはしなかったものの、
やはりこれが実話だと思うとなんというか、
芸人の厳しさ、真打になることの厳しさ、
師匠と弟子の関係の難しさなどを思い知らされる。

私は、談志のことがあまり好きではないが、
それは、彼の落語が嫌いなのではなく、
マクラでわざわざ人のことを悪く言ったりするのが、
嫌なだけである。
それは、いっこもおもろない。
でも、落語は素晴らしいと思う。

そんな談志師匠に惚れ、高校を中退し
弟子入りした若者が、どんな思いをして、
不条理な前座修行を乗り越えたのか、
師弟関係を持ったことのない私には、
想像を絶する世界だ。
前座修行は、辛くひどい毎日だっただろうとは思うが、
途中でやめずに二つ目、真打に昇進した噺家は、
そんな師弟関係を持てて、幸せだろうなとも思う。

そして、テレビドラマを観たときにも書いたけど、
談志のことをちょっとだけ好きになった。

実は、談春の高座はまだ生で観ていない。
そろそろ行かねば。


★★★★★





2016.6.2

春 秋

妻の誕生日、そして 結婚記念日(17年目)と
いうことで、今日のディナーは
はり込んで完全予約制の高級中華 春秋
ここでは、中華料理の既成概念を壊された。
前回は、某有名女優の姿も見かけた。

昨日の未明に地味に発症した、
痛風が気になるところだが、
昨日は、野菜しか食べなかったし、
今日のお昼も野菜とバナナで済ませたしと
色々言い訳の上、特別に食べて良いことにした。
(それが油断とちゃうの!)

高級中華なので当然だが、
ブタ、エビ、トリ、アワビ、フカヒレと続く。
実際の含有量はいちいち覚えていないけど、
なんとなくプリンティー(プリン体が多いの意:
私の作った造語です)な印象の料理たちの
オンパレード。
ぜいたく病とはよく言ったもんや。

全部美味しかったけど、ここのチャーハンが絶品。
具は、タマゴとネギだけなのだが、素晴らしいのだ。
予約の時、たくさん食べられないので、
コースの量を少し控えめにすることと、
チャーハンをコースに入れて欲しいとリクエストした。
チャーハンが出される際、店員さんが
「多かったら、お持ち帰りできます」と
気を使ってくださったが、ぺろりと全部食べたので
驚かれてしまった。
それほど 旨いのだった。




痛風物語 12

今朝は、ちょっと歩くのが辛かったけど、
おかげ様で、夕方からは昨日より痛みがましで、
夜は靴を履いて出かけることができた。
今回の発症は、軽めのようだ(今のところ)。




MIKE STERN TRIO
with special guest
KAZUMI WATANABE


夕食後、春秋からブラブラ歩いてブルーノートへ。
今夜は、もう何度観に行ったか分からないほど
観ているマイク・スターン。
今回は渡辺香津美とのツイン・ギターだ。

ドラムは先月、ヴィクター・ウッテンとの
素晴らしいセッションを聴かせてくれた
デニス・チェンバース!

そしてベースは、アゼルバイジャン(どこ?)出身の
テイマー・フェル。
この人は、初めて。

ブルーノート3日間公演の初日。
初日ということもあってか、なんとなく
ハプニングっぽい場面もあったけど、
素晴らしい演奏だった。

香津美と演るとマイクの右脳的というか
エモーショナルというかナチュラルな
プレイが際立った。
マイクのギターは、いつものヤマハ。
衣装は、いつもの黒の長袖Tシャツ。

香津美は、自分のレパートリーではない曲と
いうこともあるだろうけど、マイクに比べて
やや左脳的なプレイの印象。
笑いながら演奏するマイクと比して、
余裕のない感じが否めない。
これは、2013年のリー・リトナーとの
セッションでも感じたことだが、
仕方のないことなんだろう。
それでも、要所要所でトリッキーな
フレイズを連発し、会場を沸かせていた。
ギターは、PRS のシングル・カッタウェイ、
トレモロ付きと、同じく PRS のホロウボディ。

ベースのテイマー・フェルは、
見た目、おとなしそうな印象で
プレイも出しゃばる感じではないが、
グイグイと押し出されるグルーヴと
高速ツーフィンガーのソロは、魅力的だった。
6弦ベース。

ドラムのデニ・チェン。
今日も涼しい顔で、ワケのわからない
スリップ・ビートを叩きだしてた。
マイクのプレイに反応するその早さと、
歌心に感銘。

曲は、"You Never Know" "That's All It Is"
"One Liners" "What Might Have Been" など。
1曲、ギターデュオのみで スタンダードの
演奏があったのだけど、あれ、
"Like Someone In Love" だったかなぁ(自信なし)。
アンコールは、ジミヘンのブルース "Red House"。
マイクは、ヴォーカルも演りました。


[ MEMBERS ]
Mike Stern (g)
渡辺香津美 (g)
Dennis Chambers (ds)
Teymur Phell (b)

@ Blue Note Tokyo
2nd Show



アゼルバイジャンは、イランの北、
カスピ海に面した国だった。


(2016.6.3 追記)
ブルーノートのウェブサイトに
セットリストが発表された。

― 2nd Show Set List ―
1. ONE LINERS
2. YOU NEVER KNOW
3. THAT'S ALL IT IS
4. WHAT MIGHT HAVE BEEN
5. CHROMAZONE
EC. RED HOUSE

私が本文で "Like Someone In Love" を
演ったと書いているが、記載されていない。
"What Might Have Been" のイントロ的な
演奏だったからだろうか。





2016.6.3

痛風物語 13

昨夜、「今回の発症は、軽めのようだ」と書いたけど、
夜中に、布団が乗っているだけで痛いほどに悪化した。

おまけに寝ている最中に、
痛風発症中の右足の ふくらはぎがつる始末。
まいったなぁ。

そういうわけで、発症3日目にして、
痛み止め(ロキソニン)を服用した。

薬が効かないほど強烈な痛みではないが、
薬を飲んでも完全に痛みが消えるわけではない。
困ったもんや。




54年目のカラダとの付き合い


今年の誕生日がくると 54歳になる。
あらためて考えてみると
54年も生きてきたのかと 驚かされる。
半世紀である。

生きたかったけど、54歳まで生きられなかった人が
どれほど沢山いるだろうかと考えると、
こうして生きていることは
奇跡と呼べるし、感謝しかない。

あまり自分のことを歳をとったと思っていないのだが、
50年も生きていると、身体のあちこちが痛んでくる。

昨年10月には中耳炎になった。
同じ頃から、左肩が痛くなり始め、
左腕が上がらなくなった。
今年3月には、歯にヒビが入り歯茎が膿み
人生最高ではないかという痛みを体験した。

厄年でもないだろうに、なんでしょか、これ。

そして先日、3回目の痛風発症。
痛風は、老化とは関係ないかもしれないけど、
もしかしたら代謝が落ちていることと関係が
あるのかも知れない。

左肩の痛みは、3〜4月頃にはほとんど治まったけれど、
動く範囲がかなり狭まってしまった。
左手で自分の頭を触ることができないのだ。
横には45度ぐらいしか上がらない。
何かしないと このままではあかんなぁと
思っていた 4月後半のある日、
会社の近くで配っていたチラシをもらってみると、
整骨院の広告だった。

見てみると会社から歩いて 5分ほどの近さだ。
このタイミングで、このチラシを手にしたということは、
「ここに行け」っちゅうことやなと思い、
5月の連休明けから通い始めた。

初診の時、先生に「元通りになりますか?」と
訊いたら、非常に明確に力強く「はい」と
答えられたので、とにかく 2〜3ヶ月は通って
みることにした。

4週間で 11回通った。
毎回、施術のあとは身体が軽く、
スッキリした感じがあるのが良いのと、
少しずつだが、左肩の可動範囲が広がってきた。

一番ひどかった時の可動範囲が 3割だとしたら、
今は 7割動く感じだ。
睡眠中の姿勢(左肩を下にしてしまう)によって
夜中に痛くて数回目が覚めていたのだが、
整骨院に通い始めて、3週目あたりから、
そんなこともなくなった。
大分、先行きが明るくなった。

3月のえげつない歯の痛みは、
その後も週一で歯科医院に通院し続け、
一昨日、ようやくかぶせ物をして
治療が完了した。
あと 1回、2週間後に経過観察に行くだけだ。
3月20日から通いだしたので、
70日ほど かかったことになる。
どうも、かぶせ物をしても歯の中で
膿んだりしないように徹底的に消毒を
繰り返していたようだ。

治療が完了したといっても、
割れた歯の上にかぶせ物をしたので、
「何年持つかわかりませんよ」と釘を刺されている。
数年のうちにヒビが酷くなったり かぶせ物の下で
悪くなったりすると抜歯することになるかもしれない。

最悪の時期は、脱したような感じだが、
54年目のカラダ、
もっと大切にしなければ。




桂雀々の 落語 Fighter Vol.5
雀々 × 一之輔


雀々と一之輔。
昨年の夏の雀々の独演会もゲストが
一之輔やったけど、ええ組み合わせやなぁ。

昨年は、一之輔を12回も聴きに行ったので、
今年は違う噺家を開拓しようと思って
一之輔は、少し控えているつもりでいたけど、
今日でもう(今年)5回目やった。

さて今日の落語会は、ちょっと変わった趣向だった。
開演前に配られた紙に、雀々と一之輔、
それぞれ 5つずつの演目が書かれており、
希望の演目に丸をつけて、提出する。
2席目は、その投票によって決まるという
リクエスト制だった。

まず、2人が一席ずつ。
一之輔は、泥棒噺「鈴ヶ森」。
雀々は、「鷺とり」。
「鷺とり」は、毎度バカバカしい上方の落語。
東京の人が演るのは、聞いたことがないな。
この噺、サゲで僧侶たちが頭をぶつけて死んでしまうと
いうバージョンもあるのだが、枝雀は人が死ぬのを
嫌ったと何かで読んだ覚えがある。
雀々は、師匠を継いで平和的なサゲで終わった。

仲入りの後、投票結果の発表だ。
司会に声優・講談師の一龍斎貞弥
(いちりゅうさいていや)。

一之輔は、
「ただ 5席書いて提出するようにと
言われたので出しただけで、
投票制だということを知らなかった。
今年に入って一度も演っていないので
『船徳』『千両みかん』は演りたくない」と
言っていたけど、「船徳」が選ばれた。
一之輔の「船徳」は聞いたことがなかったので、
ちょうど良かったのだが、実は私は、
「千両みかん」に丸をつけた。

「船徳」は、船宿の居候になっている若旦那が、
船頭になりたいと言い出す噺。
ろくに船を漕げもしないのに、客を乗せて
大川に出る、ちょっとしたドタバタ喜劇。
一之輔オリジナルのくすぐりが際立つ。

雀々の演目は、何に丸をつけたか覚えていないのだが、
選ばれたのは、「雨乞源兵衛」。
これは、小佐田定雄の新作落語で、
雀々の師匠、枝雀のネタ。
よく出来た噺だと思う。
枝雀のを CD で聴いたことはあったが、
ライヴでは初めて聴いた。

【 演 目 】
「鈴ヶ森」 春風亭一之輔
「鷺とり」 桂雀々
〜 仲入り 〜
「船徳」 春風亭一之輔
「雨乞源兵衛」 桂雀々

[司会]一龍齋貞弥

@ 日本橋公会堂(日本橋劇場)







2016.6.4

高中正義
Masayoshi Takanaka


初めて観たのは、1981年の大阪府立体育館での
公演だったので、もう35年前になる。
すごいなぁ、35年かぁ。
その時のサポートギターは、是方博邦だったなぁ。

2011年5月にギター・マガジン・フェスティバルで
久しぶりにライヴを観て感動し、
その年9月の日比谷野音、昨年の渋公を観に行った。
その高中をクラブで 観られるなんて、
嬉しいなぁと思って、行ってきました。
@ビルボードライブ東京。

今日は、クラブということでお酒も入っているからやろか、
今まで高中のコンサートで一番、野次(?)声援が
多かったように思う。
もう憂歌団かいうぐらいの、野次・声援だった。
ギターだけで、これだけ客を沸かせられるのは、
この人だけちゃうかね。

クラブ公演なので、時間はホール・コンサートより
短めだけど、ええライヴで凄く楽しめた。
この人の曲はやっぱりええなぁ。
メロディが、分かりやすくて耳に残るんやな。

曲は、"Star Wars Samba" に始まり、
"Mambo No.5" "憧れのセーシェル諸島"
"Blue Lagoon" "Alone" "Ready To Fly"
"Wood-Chopper's Ball" "Finger Dancin'"
"You can never come to this place" など。

ギターは、フェンダーのストラト(サンバースト)、
最近入手したらしい、パール・トップのゼマティス。
ヤマハの SG をブルーのと、濃いブルーに模様の
入ったのと2本。

"憧れのセーシェル諸島" の小島さん(Key)の
ソロが良かった。
10年ぐらい前、小島さんのピアノトリオ、コジカナツルを
数回観に行ったけど、最近はやってないのかなぁ。
また観たいなぁ。


[ MEMBERS ]
高中正義(Gt)
斉藤ノヴ(Perc)
宮崎まさひろ(Drs)
小島良喜(Key)
青柳誠(Keyd)
岡沢章(B)
稲葉ナルヒ(Gt)

@ Billboard Live Tokyo
2nd Show



高中、(香津美と同じく)今年デビュー45周年です。




Martin 000C Nylon


エレガットは、2004年以来 Crews EG-1500C を
使ってきた。
弾きやすいし、見た目も好きなのだが、
スケール(弦の長さ)がやや短いせいか、
ボディが小さいせいか、
「鳴り」というか「音の張り」に少し不満があったのね。
ほとんどの時は、気にならないのだが、たまにね。

それで、新しいエレガットを探していて、
気になったのが、Martin の 000C Nylon だ。
Martin は、ほとんどガットギターを作っていないようで、
この機種も出回っている数は、比較的少ない。
半年ほど前、ネットで見つけて楽器店に
問い合わせしたが、すでに売れていた。

数日前、御茶ノ水の某楽器店に
入庫している情報をキャッチした。
どうしようかなと思っていると、
今日のニコンの写真講座の撮影場所が
御茶ノ水〜神保町と発表があった。
あまりのタイミングの良さに、
ああ、これは買えっちゅうことやと。

今日、撮影実習中にその楽器店の前を通ったので、
店内に入り、実物をチェック。
撮影のあと、とにかく弾いてみようと試奏。
同じモデルが、3本あったのだが、
まず、木目の一番良いのを選んだ。
15分ぐらいかな、もうちょっと弾いたかな。
他の個体を触ることなく購入を決意。

Crews EG-1500C は、スケールが 630mm なんやけど
この Martin は、671.5mm と 40mm 以上長い。
その分、音に張りがあるように思う。
スケールが長いのでもっと弾きにくいかと思ったが、
それほどでもない。
ネックの幅もちょうど良い感じ。(47.6mm)
ピックアップは、Fishman で、チューナーも
内蔵されている。



サイド・バックは一見マホガニーかと思うが、
サペリという材。立体的な木目が出ている。



憬れのマーティンのロゴ。
このヘッドの形状も好きやな。







2016.6.5

撮影実習 御茶ノ水〜神保町

昨日は、受講中のニコンの写真講座の
2回目の撮影実習だった。

前回は、縁日の西新井大師だったが、
今回は、御茶ノ水で集合し、神保町まで
撮影しながら移動するというプランだった。

撮影についての質疑応答の時間、
生徒(おじさん)が、
「〜しなければダメなんですね」とか
「〜しないとダメですね」と言うたびに、
先生は「ダメじゃないけど」と言っていたのが
印象的だった。

断りもなく人物や店内を撮るとか、
そういうことには、ルールがあるけど、
例えばカメラの設定や、
撮影に対する考え方とかの話ね。

前回の撮影実習で、私は280枚ほど撮ったが、
先生は 1000枚以上撮っていた。
昨日は、私は 2時間で 150枚ほどしか撮っていない。
先生は 400枚以上撮っていた。

この撮影枚数の話でも、先生は言っていた。
「たくさん撮るのが良いわけじゃない。
私はたくさん撮らないと良いのが撮れないので、
たくさん撮るだけ。
1枚で決められるんだったら、それでも良い。」

全くそうだと思う。
では、私の枚数が少ないのは、
少ない撮影回数で質の高いものが
撮れているからかというと、
とんでもない話だ。

先生に比べて、なぜ、私は撮影枚数が
少ないのか。
先生の話を聞いていて、分かったことがある。

まず、ひとつの被写体に対する枚数の違い。
先生は、ひとつの被写体に対し、最低でも
5〜6カット、多けれ数十回シャッターを押す。
角度を変えたり、距離を変えたり、色々しながら。
そこには、その被写体とは二度と出会えない、
一期一会だという思いがある。
だから、先生は多くの被写体を撮っていて、
枚数が多いわけではないのだ。
こうも言われた。
「たくさんの被写体を 1枚ずつ何十枚も撮るより、
ひとつの被写体を何十枚も撮るほうが良い」と。

情熱というと大げさかもしれないが、
私には、そういう思いが欠けている。
多くても数回シャッターを押せば、
満足してしまう自分がいる。
で、実際には、思った通りに
撮れていないことも多い。

幸いフィルムと違い、デジカメなら、
何度シャッターを押しても、写すだけなら、
費用はかからない。
要らなければ、あとで削除すれば良いだけだ。
それなのに、あとで整理するのがめんどくさいとか、
何かケチくさいねんな。

そんな私の今回の作品。(クリックで拡大)

スーツ店のショーウィンドウ



首がないのって見ようによっては不気味やね。


明治大学の階段



階段を撮ろうと思っていたら、学生が通り過ぎた。
偶然、学生の両足が浮いている瞬間を撮れた。


明治大学の壁のオブジェ



これは、何か分からへんやろな〜と思ったら、
嬉しくなって撮った。


杏雲堂(きょううんどう)病院の創立者 佐々木東洋の銅像



佐々木東洋は、江戸時代から明治にかけての医者で、
この病院を創られた偉い先生なんだろうけど、
表情がちょっと怖いので、
不気味に仕上げたいなと思った。
それほど怖くないか。





2016.6.6

痛風物語 14

先週の水曜日に発症した三度目の痛風。
二度あることは三度あるとはよう言うた。

今回は、1〜2日目は、薬を飲まなかったが、
3日目からは痛みが激しくなり、
痛み止めを飲み始めた。
前回も3日目からしばらくが、
結構痛かった覚えがある

ところが今回は、4〜5日目はそれほど
痛くなかった。
4日目というのは、土曜日で撮影実習の日だった。
前日には、もしかしたら行けないかもと
思っていたけど、朝起きてみると
それほど痛くなく、痛み止めを飲んで、
靴を履いて出かけることができた。

翌日、日曜日(5日目)は、明らかに足の腫れが
引いているのが分かるほどで、痛み止めを
飲まなくても良いぐらい改善していた。
出かけるときに念の為に飲んだけど。

そして、今日(6日目)。
朝、見てみると、昨日腫れが引いていたと思ったのに
また腫れていて、昨日より痛む。
が、痛み止めは飲まずに出勤。
歩くと、あい変わらず痛くてゆっくりしか歩けない。
不便。
仕事中、昼過ぎからだんだんと
痛みが増してきた。
ちょっとシャープな痛みになってきた。
3時に痛み止めを服用。
今夜は、靴は履けない状態。

う〜ん、昨日はもうこれで回復かなと
思ったのだが、甘かったか・・・。





2016.6.7

メルシー!おもてなし
〜志の輔らくごMIX〜


渋谷のパルコ劇場は、1973年に西部劇場として
スタートしたらしいが、パルコ建替えのため、
今年8月に一旦幕を閉じる。
建替え後も、劇場は再開するようだ。

今日はそのパルコ劇場で、6月4日から26日まで
公演中の立川志の輔 原作、G2 脚本・演出による
『メルシー!おもてなし〜志の輔らくごMIX〜』を
観てきた。
これは、志の輔の新作落語『踊るファックス』、
『ディアファミリー』、『ガラガラ』、
『メルシーひな祭り』の4 本を元にした舞台で、
出演は、中井貴一、勝村政信、YOU など12名。

別々の噺をよくここまで上手く一つにまとめたなと
思える脚本で、十分面白かったけど、
もし前述の落語 4席を聴いていなかったら、
もっと笑えただろうなと思う。

芝居は、途中で休憩が入ることが多いが、
本作は、2時間強、ノンストップなのも良かった。
出演陣も素晴らしい。
中井貴一はもちろん、勝村政信とYOUも良かった。
もし、DVD になったら、映像でも観てみたい。



メルシー!おもてなし 〜志の輔らくごMIX〜
公演日程 / 2016年6月4日 (土) 〜6月26日 (日)
会 場 / パルコ劇場
原 作 / 立川志の輔
   「踊るファックス」「ディアファミリー」
   「ガラガラ」「メルシーひな祭り」
脚本・演出 / G2
出 演 / 中井貴一 勝村政信 音尾琢真 YOU 
   阿南健治 明星真由美 サヘル・ローズ 
   陰山 泰 関 秀人 有川マコト 高橋珠美子 高橋克明



ロビーや廊下に飾られたお花の数がもの凄かった。











2016.6.8

ときどき写真展 55

空を切る




埼玉県立近代美術館





2016.6.9

セルロイドの天井

近日公開予定の映画『マネーモンスター』の監督、
ジョディ・フォスターの来日インタビュー記事を読んだ。

この映画、ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツの
主演で、人気テレビ番組が生放送中に乗っ取られるという
ストーリーで、予告編を見たが面白そうだ。

記事は、件の映画の話ではなく、
ハリウッドのメジャー作品には、
女性監督がほとんどいないという話で興味深かった。

米国では、低予算の作品やドキュメンタリー、
テレビドラマでは女性監督も活躍してるが、
巨額の制作費がかかるメジャー作品には、
女性監督は任されないというのだ。

その理由は、大手映画会社が、
女性に監督を任せることを
リスクだと見ているからだという。

女性初の大統領が誕生かというアメリカの
話だとは思えない現実だ。
確かに女性映画監督って、思いつかないけど、
そういう背景があったとは知らなかった。

日本ではどうなんだろう。
男女比はやはり圧倒的に男性が多いが、
荻上直子(『かもめ食堂』『めがね』)、
西川美和(『ゆれる』『ディア・ドクター』)、
河瀬直美(『あん』)など、ハリウッドに比べると、
活躍の場があるということだろうか。


記事
セルロイドの天井、壊すには
ジョディ・フォスターさん (朝日新聞)



関連記事
「おぞましい」ハリウッドにはびこる
女性映画監督への「差別」 (産経ニュース)






2016.6.10

ときどき写真展 56





山形県酒田市『おくりびと』ロケ地(2016.5.2)





2016.6.11

痛風物語 15

今日で、発症11日目。
昨日の朝は、痛み止め薬を飲んでいても
結構痛みがあり、まだピーク時の感があったのだが、
夜遅くになると、患部の腫れが引いてきて、
痛み止め薬が切れる時間になっても、
ほとんど痛みが発生しなかった。

もしかしたら、これで快方へ向かっているのかなと
思ったけど、今回は症状に波があったので、
まだ油断はできないなと思って寝た。

今日になってみると、
足の親指を動かせるぐらいに回復している。
ピーク時は、全く動かせないほど痛かったのだ。
軽い痛みはあるので、完治とは言えないが、
ほぼ回復と言えそうだ。
これなら靴も履けそうだ。
良かった、良かった、一安心。

奇しくも今日、こんな記事が出た。

痛風、お酒に強いほうがリスク高い?
遺伝子の変異影響(朝日新聞)


記事には、
「飲酒時のアルコール分解で働く遺伝子が
痛風の発症にかかわっている」とある。
お酒に強い人の方が、
痛風発症のリスクが高いという研究結果だが、
お酒に強いとたくさん飲むので、
アルコールが分解される時に発生する
尿酸の量が増え、必然的に発症リスクが上がるだろう。

遺伝子云々は、専門的な分野では意味の
あることなんだろうけど、
私には、あんまり新しい発見のように
感じられず、参考にならなかった。
この研究の延長で、痛風を発症させない何かが
解明されると嬉しいけどね。

同じような食生活をしていても発症する人と
しない人がいるというのは、
記事にあった遺伝子変異の有無も含めて、
体質の問題なんだろうなと
素人なりに考えている。
ネットにある痛風に関する色んな記事を読むと、
痛風発症に食べ物はそれほど重要じゃないような
考え方もある。
とはいうものの、とりあえず出来ることは、
サプリメントも含めた食生活の改善と
運動ぐらいしかない。
ま、そのためには考え方を
変える必要があるねんけどね。





2016.6.12

大手町落語会

本日の落語会、お目当ては、
桃月庵白酒と柳家さん喬。
そして、高座は初めてとなる、
一之輔の師匠、春風亭一朝。

一朝の演目は、「抜け雀」。
さすがに落ち着いた優しい芸風で、
一之輔が師匠に選んだことに
なんとなく、なるほどね、なんて
思ってしまった(分かるわけないけど)。

白酒は、初めて聴く「首ったけ」。
若手(と言っても彼は47歳やけど)の真打の中では、
一之輔に次いで、笑いのセンスが好きやなぁ。
時々、やり過ぎな時あるけど。

さん喬は、「らくだ」。
元は、上方の古典落語。
10人ぐらいの噺家の音源を聴いたことがあったけど、
ナマの高座で聴くのは今日が初めてだった。
この噺、後半、気弱なくず屋が酔っ払って、
いつの間にか乱暴な男に変貌する様子が
演じどころだと思うのだが、そのいつ間にか、
乱暴になる様が絶妙で素晴らしかった。


【 演 目 】
「子ほめ」 春風亭一花(前座)
「夏どろ」 春風亭一蔵(二つ目)
「不動坊」 桂やまと
「抜け雀」 春風亭一朝
〜 仲入り 〜
「首ったけ」 桃月庵白酒
「らくだ」 柳家さん喬

@ 日経ホール(大手町)






64 -ロクヨン- 後編

先月、前編を観て「後編を観たい!」と
書いた『64 -ロクヨン-』の後編を観てきた。

前編の時も書いたけど、出演が
佐藤浩市、綾野剛、榮倉奈々、夏川結衣、
三浦友和、奥田瑛二、瑛太、吉岡秀隆、
永瀬正敏、緒形直人、鶴田真由、赤井英和、
椎名桔平 と大変豪華なのは間違いないが、
宣伝文句にある「映画史に残る傑作の誕生」というのは
いささか大げさではないやろか。

面白くなかったわけではないが、
期待していたほどではなく、
どうも不完全燃焼感がある。
残念ながら「映画史に残る傑作」とは言い難い。

ネット上のレビューを読むと、
昨年 NHK で放映された テレビドラマ版が
かなり良い出来だったようで、
映画に低評価をつけているレビュアーの中に、
テレビドラマの方が良かったと
書いている人が目立つ。
そちらの主演は、ピエール瀧。
NHK のサイトで調べてみると、
有料(1番組 108円〜)で視聴可能なようなので
観てみたい。
ただ、5話(5時間)あるので、
時間のある時に一度に観たいと思う。

「不完全燃焼感がある」と書いた理由は
いくつかある。
後編の警察の捜査の背景がイマイチよく分からなかったり、
昭和64年の誘拐事件で、犯人が何故、
子供を殺したのかが、明らかにされなかったり、
その誘拐殺人事件の被害者遺族(父親)が、
自力で犯人を見つける方法が、
ちょっと現実的でないような気がしたりと、
おそらくは、原作を読めばよく分かるのであろうことが
腑に落ちないまま、物語が進んでいき、
終わってしまった感があるのだ。

父親が犯人を見つける方法は、
「理屈じゃないんだ、執念だ」なんて
言われたら、はいそうですか、としか
言い様がないねんけど。

きっと、原作は面白いのだろうと思う。
今のところ、原作を読む気にはなってないけど、
NHK ドラマは観てみたいな。


★★★▲☆





2016.6.13

ためつすがめつ

『土門拳の写真撮影入門』(都築政昭 著)という
本を読んでいる。
土門拳のことは、ここで何度も触れたので、
繰り返し詳しくは書かないが、最近知った写真家で、
今、一番興味のある写真家だ。

その土門拳が、いかに写真と向き合っていたかを
書いた本が『土門拳の写真撮影入門』である。
まだ途中だが、刺激的だし、面白い。

写真には、一枚写真と組写真がある。
一枚写真は、その名の通り一枚で作品とする写真だ。
組写真は、数枚でひとつの作品とする写真。

土門拳は、組写真を「出来るまで写真」と
「ためつすがめつ写真」に区別した。
「ためつすがめつ」って分かりますか?

「出来るまで写真」は、時間的推移を追うもの。
例えば一軒の家が建つまでの過程を撮っていくと
家が「出来るまで」の組写真が生まれる。

「ためつすがめつ写真は・・・」と読んでいて、
意味が分からず辞書で調べた。
「ためつすがめつ」は「矯めつ眇めつ」と書く。
初めて出会った言葉だ。
簡単に言うと「色々な角度からよく見る」という意味で、
「じっと見る・狙いをつける」という意味の
「たむ(矯む)」と、「片目を細めて見る」意味の
「すがむ(眇む)」の二つの動詞から出来ている言葉だった。

つまり、「ためつすがめつ写真」というのは、
ひとつの対象を色んな角度から撮った組写真のことだ。

なんか「ためつすがめつ」って気に入った。
「作品をためつすがめつ眺める」という風に
使うようだ。





2016.6.14

ニコン・カレッジ
スナップ撮影力を上げよう 第4回


今日は、ニコン・カレッジ(写真講座)の4回目。
この講座は、[撮影実習] → [講評] を2回、
全4回で完了の講座。

先日、御茶ノ水から神保町までを2時間かけて
撮影した中から、15人の生徒が2枚ずつ、
持ち寄り発表し、先生の講評を受ける。

先生は「このクラスは上手かった」と言っていたが、
私も今まで参加した講座の中では、
レベルの高い生徒が多いと感じた。

撮影時のエントリーで、紹介した4枚以外に
もう1枚、まあまあかなと思う作品が出来た。



神保町の交差点の電信柱の写真だ。
税関告知書という書面が貼られ、
その上に何やら落書きがされている。

発表するのは、2枚だけなのだが、
上の写真と、先日ここに紹介した4枚の中の
下の2枚と合わせて3枚の中から
どれとどれを選ぶか ずい分と迷った。

明治大学の壁のオブジェ


明治大学の階段


出来れば、3枚とも先生の講評を聞きたいところだが
そういうわけには行かない。

で、結局、明治大学の2枚を選んだ。

発表は、A4 にプリントしたものを
ホワイトボードに貼りだす。

実は、階段の写真は、何かがイマイチだと
思っていたのだが、両足が浮いているのは、
偶然にしてもよく撮れたと思っていたので選んだ。
やはりそこは評価されたのだが、
何が足りないのかも 講評によってよく分かった。
それは、今の自分では気付けないレベルのことだったので
大変勉強になった。

もう1枚の、オブジェの写真は縦横も上下もない、
好きな向きに発表できる抽象的な写真だ。
で、上の向きで貼りだした。
それが一番良いと思ったからだ。

先生は、そこに疑問を提示した。
なぜこの向きなのかと。
そして、先生は他の3パターンも試してみた。











ご覧のように、見せる向きによって印象が違う。
先生は、私が貼りだしたのと上下逆の方が、
良いと思うと言った。
または、縦にしても良いと。
そう言われると、
面白いことに私が良いと思っていた向きが、
4通りの中で一番良くない風に見えてきた。
いや、先生に言われたからというわけではなく、
なんで、この向きにしたんやろうと、
本気で思ったのだ。

これは、単に吟味不足ということなのか。
なぜにこんなに印象が変わるのだろう。

この、向きの件だけではなく、
困ったことに、写真の印象は、
見る時によって変わる。
凄く良いと思ったものが、時間が経つと、
なんか面白くなく見えてきたりする。

何度見ても飽きない、何度見ても素晴らしい、
そう思える写真を撮るには、
まだまだ道は険しそうだ。

ところで。
出来上がった作品に対し、自分が良いと思えたら、
それで良いのであって、写真に正解も間違いもない。
しかし、日本人は正解を欲しがる傾向にあるようだ。

ある生徒さんが「〜〜だとある写真家が言った」とか
「〜〜だと本に書いてあった」と、
いかにもそれが写真撮影の真のルールで
あるかのように言った。
それは、イコール、自分の表現の幅を
自ら限定する発言だった。
それを受けて、先生は
「正解、不正解なんてない。
自由にすれば良い」と言った。
そして、こう付け加えた。
「自由にして良いと言われると、
どうして良いか分からない日本人が多い」と。

受講生は 全員おじさんおばさんなのだが、
どうも正解があるかのような質問が目立つ。
または、答えのない質問ね。
「自分の好きにすればええやん」って
言いたくなるような。

私は、そんな風ではないつもりでいるのだが、
いつもそうかと言われると自信がない。

これは、日本の教育の弊害というと大げさだろうか。





2016.6.16

電信柱

近所に3人兄弟の子供がいる。
一番下の子が5〜6歳で腕白そうな男の子だ。
うちの家の前は、私道で行き止まりになっているので、
車が通らない。
それで、よくその兄弟が家の前の道で遊んでいる。
ボール遊びをしたり、アスファルトの道に
チョークで線路を書いたり、この頃はあんまり
見なくなった光景を見ることができる。

昨日、私が仕事からもどると、その男の子が、
電信柱に抱きついていた。
「何をしてるの?」と声をかけると
男の子はこう答えた。
「これ、持ち上げようと思って。」
「そんなん、持ち上がって倒れたら大変やで。」
「あ、今、(ちょっと持ち上がって)グラグラした。」
少し離れた所で孫の様子を見ていたおばあちゃんが、
「やめて〜」と叫んでいた。

なんか、ええ時間やった。





2016.6.16

シャルル・アズナヴール
Charles Aznavour
最後の日本ツアー 2016

シャルル・アズナヴールは、フランスの歌手。
1946年にエディット・ピアフに認められ、
本格的に歌手活動を開始したという彼は、
今年92歳になった。

昨年11月、ZAZ の来日公演は観たけど、
私はシャンソンは ほとんど知らない。
シャルル・アズナヴールのことも、
最近 偶然知ったぐらいなのだ。
(エルヴィス・コステロが歌っていた『She』は、
シャルル・アズナヴールのカバーだった。)

YouTube で昨年のコンサートを観て、
90歳を超えているとは思えない、
その姿と力強い歌声に圧倒された。

そのシャルルが、92歳で「最後の日本ツアー」と
銘打って来日するので、これは観ておかねばと
思ったら、チケットが 16,500円!

大分迷ったが、もし観なかったら
「行けばよかった」と公開するなと思ったので、
観に行くことにした。

13日に大阪フェスティバルホール、そして、
昨日今日と東京 NHKホールの公演で、
今日、その日本最後の公演を観てきた。
(本当にもう来日することがなければだけど。)

NHKホール は、初体験。
大晦日の紅白歌合戦を生放送してるホールだ。
キャパは、3,600人ということだが、
今日は3階には客が入っていなかったので、
2,400〜2,500人ぐらいの入りだろうか。

ナマで観たシャルルは、背筋もピンと伸び、
とてもじゃないが92歳には見えない。
20歳若く言っても通るだろう。
そして、歌声は、50代、60代だと言っても
疑われないだろう。
最後の日本ツアーということだが、
いやいや、まだまだやれまっせ、という感じだ。
黒いスーツに黒いシャツ。
立っていると見えないが、ディレクター・チェアに
座ると真っ赤な靴下が見える。
上着を脱ぐと、赤いサスペンダー。
ああ、これ、日本人やったらアウトやろな、という
ダンディなファッション。

シャルルの曲は、間奏なんてほとんどなくて、
全く歌が中心。
1曲1曲は短く、サクサクと進んでいく。
声には、微塵も年齢を感じさせない。
ロングトーンだって、平気だ。

MC はフランス語と英語が混ざっていた。
英語で話すのは、フランス語が分かる日本人が
少ないからという配慮だろうか。
でも、フランス語でも笑いをとっていたので、
フランス語が分かるお客さんもある程度いたんだろう。
どこの国の人かは分からないけど、
外人(欧米人)のお客さんも結構見かけた。

歌には語りのような部分も多く、MC だけではなく、
ああ、フランス語が分かれば
どんなに素晴らしいだろうと、思ったね。

『She』ともう 1曲だけだったかな、
英語だったのは。
予習として、ベスト盤を数回聴いて行ったけど、
私は曲目が言えるレベルではない。

イントロが始まると、拍手が起こる曲が
多かったので、熱心なファンが多いんだな〜と感じた。

バンドは、Gt、Key × 3人、Ba、
Drs、Cho × 2人という8人。
演奏も音量も上品で、歌を聴かせることに
徹したコンサートだった。

アンコールはなしで、約100分弱。
最後の曲では、ファンが花束やプレゼントを持って、
ステージの前に押しかけ、日本最後のコンサートが
終わることを惜しんだ。

歌よりシャルルの存在そのものに
感動させられた感じで、その最後の曲では、
ファンというわけではない私でも涙が出てきた。
やっぱり、行って良かった。








2016.6.17

宅地建物取引士 更新 都知事

通称「宅建主任」と呼ばれていた
「宅地建物取引主任者」は、昨年 4月 1日より、
「宅地建物取引士」へ名称変更された。

私は仕事上、この資格が必要なので、
10年前に取得したのだが、
5年ごとに更新のために
法定講習を受けなければならない。

今日は、10時から5時過ぎまで、その講習に出席してきた。
某不動産協会のビル内の会場で、
出席者は、200〜250人ぐらいかな。
弁護士2人、一級建築士、税理士による 6コマの講義で、
退屈かなと思っていたら、結構面白かった。

と、ここまで書いて、5年前はどうやったんやろと、
前回の法定講習のエントリーを読んでみたら、
同じように「面白くないだろうと思っていたら、
意外と面白かった」と書いてあった。
おまけに「途中、ちょっと睡魔に襲われたけど」と
いうところまで、今回と同じや。

今回、特に面白かった(興味深かった)のは、
不動産絡みの紛争事例。
このことは、あらためて書きたい。

ところで、宅地建物取引士証は、
東京都知事の名前で発行されるのだが、
ご存知の通り、都政は混乱の最中で、
一昨日、舛添都知事は辞表を出した。
そういう状況なので、講習会の開始前、
担当者からこんな内容の説明があった。

「たくさんのお問合せを頂いておりますが、
本日お渡しします取引士証は、
舛添都知事の名前となります。
舛添都知事は、辞任を表明されましたが、
21日迄は、舛添さんが都知事です。
これは東京都からの通達ですので、
お問合せは、東京都の方へお願いいたします。」

私は、全く無頓着だったので、
問合せがあったと聞いて、
そんなことを気にする人がいるのかと驚きだった。
取引士証に記載される知事の名前で、
何か仕事に支障があるわけがない。
ところが、1人のおじさんが、
質問があると言って喋り出した。
どうも、舛添都知事の名前が記載されることが不満らしい。

担当者が説明した通り、東京都からの通達なので、
この場で何を言っても全くどうしようもないことは明白だ。
この講習は、不動産協会が都から委託を受けて、
開催しているものなので、この件について、
協会の人が何か答えられるはずがない。

しかし、質問したおじさんは、
よほど何かが気に入らないらしく、
強い口調で担当者に迫った。
質問の主旨は、わからんかったけど。

私の後ろの席のおっちゃんが、
「くだらない」とつぶやいた。
私も(どうでもええがな、そんなこと)と思った。

おじさんは、担当者に2、3度食いついたが、
何を言っても担当者の回答は、
「これ以上のことは、東京都にお問合せ下さい」という
当然のものであった。

色んな人がおるもんや。
おじさんに聞いてみたかったな。
「ほな、なんて書いてほしいの?」って。
「東京都知事 舛添要一(辞職予定)」?
それとも
「東京都知事 未定」?

むしろ私は、舛添都知事の辞任が決まった後に
発行された、希少な取引士証として、
話のネタになるぐらいだと思っている。
大して面白くもないが。



今日まで持っていた、5年前に発行された、
取引士証(当時は取引主任者証)は、
石原慎太郎都知事の名前だった。
記念に欲しかったけど、
自動車運転免許証やパスポートのようにはくれないのだ。




ヒメアノ〜ル


強烈な映画だった『ヒメアノ〜ル』。

出演は、濱田岳、V6の森田剛、ムロツヨシ、
佐津川愛美、など。
原作は、古谷実という人のコミックらしいが、
全く知らなかった。

何も予備知識なしで観たのだが、
始まって30〜40分は、完全にコメディだと
思って大笑いしていた。
しかし、ある瞬間にガラッと雰囲気が変わる。
そこでようやくタイトルが入る。
まるで、「ここからが本編ですよ〜。
今までは笑ってもらいましたけど、
これからは違いますよ〜」とでも
言わんばかりの展開。
まず、そこでゾクッときたね。

そこからは、笑えない展開。
たまにちょろっと笑わせてはくれたけど、
基本的にサイコ&バイオレンス。
血、いっぱい出ます。
人、何人も殺されます。

殺人鬼役の 森田剛 が良い。
まじで怖い。

濱田岳のラヴシーンは、ちょっとぎこちない。
まあ、童貞の役だからというのもあるんやろうけど。
逆に童貞だから、もっとがめつく行って欲しかったな。

ムロツヨシは、前半、セリフが棒読みのように
感じたが、途中からそういう喋り方の人に
見えて面白かった。

森田(役名も森田)が、
なぜ、殺人鬼になっていったかという背景には
イジメという根深い問題がからんでおり、
ただの娯楽作品とは言えない、
シリアスさと悲しさがある。
これは、記憶に残る作品だ。


★★★★★





2016.6.19

葛城事件

一見、幸福そうな、どこにでもいそうな
家族が壊れていく様を描いた、
ちょっとしんどい映画『葛城物語』。

家庭が壊れていくというのは、
家族それぞれが精神的に病んでいくと
いうことでもある。

父を三浦友和、母を南果歩、
長男を新井浩文、次男を若葉竜也が演じる。
殺人事件を犯し、死刑が確定したその次男と
結婚する死刑制度反対を訴える女性に田中麗奈。

全員、好演だが、特に三浦友和が良い。
この人、良い人役より、
ちょっと狂気の人を演る方が、好きやな。

人間のダークサイドばかりに焦点を当てており、
結局、救いのない話で、鑑賞後はあまり楽しくない。

無差別殺人事件を犯した犯人が、
本当に獄中であんなことを言っているとしたら、
あまりにも酷すぎて、言葉がない。
被害者が浮かばれないとか、そんなレベルではない。
演出だと思いたい、というか、
犯人がどういう考えで、何を言うのかなんて、
想像できないし、したくない。
そして、死刑にしたらそれで何かが解決するわけでもない。

ウェブサイトに赤堀雅秋監督のこんな言葉があった。

社会派の作品を世に問うたのではなく、
「こういった現実がわれわれの地続きにある」という
想像力を喚起したいだけなんです。
できれば、映画を観終わったあともずーっと、
悶々としてもらいたいですね。


なるほど。
そういうことか。
確かに、あの家族4人それぞれは、
どこにでもいそうな人たちで、
映画の中だけの人とは思えない。
実際に無差別殺人もあれば、
自殺も起こっている。
私が生きているこの地続きのどこかで。


★★★★☆





2016.6.20

1周年と11周年

先週の土曜日に、80人ほどの人が
集まるイベントがあった。
妻と相棒のU子さんの作った会社の11周年と、
昨年 妻らが立ち上げた社団法人の 1周年の
記念イベントだった。

普段、妻の仕事場に顔を出すことはほとんどないが、
こういう節目節目には、必ず参加せよとの
お達しがあるのだ。

当日は、名古屋や大阪、四国からも来られた方がいた。
11年前、妻とU子さん、二人で始めた事業は、
紆余曲折もあったけど、昨年からは
社団法人という形をとって、新たに展開し始めた。

彼女らの11年の歩みの中で、
着実に発展して行っていることが
伺える機会であった。

そして妻は、2年後から全国行脚に出ると、
宣言しておりました。
なんでも日本全国を講演して周るそうな。
全国行脚・・・。




痛風物語 16
〜 四度目? 〜


6月 1日の未明に三度目となる痛風を発症した。
今回は、昨年 5月の二度目の発症時より、
期間も痛みも、いく分軽度な印象で、
10日の夜に急に回復へ向かい出した。

それから10日が経過。
今朝起きた時には、なんともなかったのに
昼ごろから、患部が痛み出した。
えっ?
まさか!
って感じなのだが、痛風以外考えられない痛みだ。

昼間の痛みが一時的であればと思っていたが、
夜になっても痛みが引くことはなく、
右足の親指を動かすのが困難な程度に痛い。
まだ痛み止め薬を飲むほどではなく、
今のところ、本発症という感じではないが、
今までの経験だと、
このあとじわじわ痛くなる可能性が高い。

一度目は、発症と同時にピークの痛みだったが、
二度目、三度目は、発症した日より 3日目、
4日目の方が重症だったのだ。

6月1日以降、野菜しか口にしない日もあり、
肉も魚もかなり控えており、
お酒は、6月2日にワインをグラス 1杯、
13日にワイン 3杯程度、16日に焼酎 2杯程度と
覚えているぐらいしか飲んでいない。
体重も 1〜2キロ落ちた。

痛風は飲食物だけのせいじゃないことは、
分かっているが、つまりは、気を付けているのだ。

しかし、一昨日土曜日の妻の会社のイベントの
打ち上げで、かなり飲んでしまった。
ワイン 1本とはいかないまでも、
この頃にしては、結構な量を飲んでしまった。
おまけに鶏の唐揚げを 3〜4切れ食べた。
この日の食生活は、ツーフーアウトであるが、
そんなことが一回あったぐらいで即発症と
いうわけはないはずだ(と思っている)。

これが四度目の発症ではないことを祈る。
明日の朝には、治まっていてね。





2016.6.21

ジュリアーノ・ジェンマ
Giuliano Gemma


子供の頃、ジュリアーノ・ジェンマが出演している
西部劇(映画)を何本か、テレビで観た覚えがある。
『荒野の1ドル銀貨』とか『夕陽の用心棒』だったと
思うのだが、子供心にジュリアーノ・ジェンマが
カッコよく見えて大好きだった。

ジュリアーノ・ジェンマは、イタリア人で、
このイタリア製西部劇のことを、日本では
「マカロニ・ウェスタン」と呼んだ。

クリント・イーストウッド主演の『夕陽のガンマン』、
『続・夕陽のガンマン』なども、
クリントはアメリカ人だけど、イタリア製作なので、
マカロニ・ウェスタンになる。

米国やイタリアでは、
「スパゲッティ・ウェスタン」と呼ぶようだが、
ウィキペディアには、こう書いてあった。

セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』が
日本に輸入された際に、映画評論家の淀川長治が
「スパゲッティでは細くて貧弱そうだ」ということで
「マカロニ」と呼び変えた。
(中身がないという暗喩も含んでいるという説もある)


さて、先日ふと、そのジュリアーノ・ジェンマのことを思い出し、
最近見なくなったなぁ、どうしてるんやろ、と調べてみた。

晩年は、彫刻家としても活動していたようだが、
2013年10月にローマ近郊で、自家用車を運転中に
事故に遭い、搬送先の病院で死亡したらしい。
享年75歳。

そうか・・・。
死んでしもたんか。
近々、久しぶりに『夕陽の用心棒』でも
観てみよう。

合掌。








2016.6.22

芸歴15周年記念落語会
三遊亭王楽 五番勝負


三遊亭王楽の父は、笑点でお馴染みの
三遊亭好楽だが、師匠は五代目圓楽なので
父・好楽とは兄弟弟子になる。

王楽の「芸歴15周年記念」ということで、
「五番勝負」と銘打ち、5日間にわたり
豪華なゲストを迎えての独演会。

ゲストは、19日が桂文枝、20日が立川志の輔、
昨日21日が桂歌丸、今日が笑福亭鶴瓶、
そして明日23日は春風亭小朝という
落語会のトップ5とも言える、
師匠方を招いての落語会だ。

冒頭、オープニング映像が流れる。
王楽が、5人の師匠との勝負に臨む
度胸をつけるため、
バンジージャンプに挑戦するという
ドキュメンタリーだ。

映像のあと、王楽の登場。
自作の新作落語『パパずれてるゥ!!』と
古典『宮戸川』を 二席続けて。

う〜ん、ちょっと辛口に言うと、
残念ながら、どちらもイマイチ面白くない。

『パパずれてるゥ!!』は、
中学生の父親がゲイで、女装したお父さんが
授業参観に来るという噺。
これって、実際にゲイの人が聴いたら、
笑えるんだろうかと、マジに考えてしまった。

そして、ゲストの鶴瓶登場。
この人の登場は、いつも興味深い。
毎度、開口一番から、ずっとそこにいたような
感じで話し出す。
「あ、どうも」とか出だしの挨拶的な言葉なしで、
ずーっとそこで喋ってて、今、
トイレに行って戻ってきたみたいに、
ナチュラルに話し始める。
そのナチュラルさが、逆に不自然なくらいに。
NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』で、
全国どこへ行っても、極 普通に受け入れられ、
家に上げてもらえるのは、
この人ならではのキャラクターやと思うな。

さて、その鶴瓶師匠の演目は『山名屋浦里』。
タモリが『ブラタモリ』で吉原を訪れたときに
聞いた 花魁(おいらん)の話を
鶴瓶に「落語にならないか」と持ちかけたところから
始まり、その落語を聴いた中村勘九郎が、
「ぜひ歌舞伎にしたい」と言い出し、
ついにこの8月、歌舞伎座で
「廓噺山名屋浦里(くるわばなしやまなやうらざと)」
(くまざわあかね原作、小佐田定雄脚本)として、
上演されるのだという。

凄く期待しすぎたのか、感動というほどではなかった。
でも、帰ってから色々調べて、その背景などが
分かってくると、これはもう一度、
聴いてみたいと思った。

休憩を挟んで、王楽の『三味線栗毛(しゃみせんくりげ)』。
この噺はネタ出しだった。
『三味線栗毛』って、聞いたことあったかなぁ、
どんな噺だったかなぁと聴いていたら、
『錦木検校(にしきぎけんぎょう)』ではないか。
急遽、演目を変更したのかと思ったら、
同じ演目だった。
落語には、このようにひとつの噺に
2つのタイトルが付いていることが珍しくない。
例えば『妾馬(めかうま)』は『八五郎出世』とも言うし、
上方の『宿替え』は東京では『粗忽の釘』と言う。
『寝床』を『素人浄瑠璃』と言ったりもする。

さて、その『三味線栗毛』も何かが不完全燃焼。
これだけのゲストを呼び、タイトルに「勝負」などと
銘打つ意気込みは素晴らしいと思うが、
38歳だというから、これからだろう。
噺家は、50歳過ぎないと
脂がのってこないのかもしれないな。
そう思うと、同年代の一之輔は、
やはり奇才だな。
比べんでもええねんけど、ついね。

【 演目 】
「パパずれてるゥ!!」 三遊亭王楽
「宮戸川」 三遊亭王楽
「山名屋浦里」 笑福亭鶴瓶
〜 仲入り 〜
「三味線栗毛」 三遊亭王楽

@東京芸術劇場 シアターウエスト









2016.6.23

痛風物語 17

やっぱり、四度目の発症だったなぁ。
月曜日の昼ごろから痛み出し、
火曜日の朝は、結構痛みがあったものの、
夕方にはいったん痛みが緩んだ。
水曜日の朝は、比較的痛みも軽かったが、
夕方から、やや痛み出した。
その夜は、結構足が腫れていた。
そして今日(木曜日)は、どちらかというと
症状が軽い。

そんな風で、日によって症状にかなり波がある。
朝と夜とでもずい分と差があるのだ。
痛み止め薬の効き具合にも波がある。
が、相対的にこの四度目の発症は、
今のところ、四回の中では一番軽症だ。
「今のところ」と書いたのは、
まだ4日目なので、今後どのように
展開していくのかが、読めないのだな。





2016.6.26

CHAR 2016 TOUR
Vol.24 ツアーファイナル


Char のデビュー40周年となるツアーは、
全国各地で 24公演行われた。
今日は、2日間の渋谷オーチャードホールでの
ファイナル公演、その最終日だった。

Char は、今年 61際。
1976年『Navy Blue』でデビュー。
『気絶するほど悩ましい』『闘牛士』『逆光線』などの
ヒット曲で、当時はテレビにもよく出ていたが、
私がファンになったのは、もう少しあとで 86〜87年頃から。
『PLANT BLEND』という Pink Cloud の
アルバムをレンタルしたのがきっかけだったように思う。
89年のヒット曲『All Around Me』は、
カセットテープに入れ、車の中で運転中に
一緒に歌えるまで繰り返し聴き、
ついにはテープが切れた思い出がある。
その頃から、Pink Cloud、BAHO、PSYCHEDELIX、
Solo と、もう数え切れないほど ライヴに足を運んだ。
96年には、20周年記念の武道館公演にも行ったが、
とてもあれから20年も経ったとは思えないなぁ。
そんな Char さんのデビュー40周年公演だ。

開演直前のステージ


定刻の17:00を少し過ぎて、メンバーの登場。
1曲目は、前述した『All Around Me』だ。
『Head Song』『I'm Just Like You』など、
5〜6曲演奏後、ステージ上にギターアンプが、
セットされる。
お、ゲストの登場か、誰やろ?と
思っていると、半ズボン姿の佐橋(佳幸)さんが
赤いストラトを持って登場。
曲は、昨年の Char 還暦記念アルバムに
佐橋さんが書いた『Still Standing』。
1曲で佐橋さんが引っ込むと、
続いて、佐藤タイジの登場。
曲は、『Hold On I'm Coming』に続いて
タイジが還暦記念アルバムに提供した
『悪魔との契約満了』。
そして、タイジの曲を 1曲。
ギターは、レスポール。
昨年の還暦コンサートでも感じたけど、
この人のカッティングは、凄いね。

ゲストは、この 2人だけだったけど、
サプライズでした。

Char のギターは、バーガンディミストの
ストラトをメインに、数曲で、ムスタング
「Free Spirits」「Pinkloud」を使用。
『Wondering Again』では、ゴールドトップの
レスポール(p-90のやつね)を使用。

曲は、前述のほかに
『Navy Blue』(なんとオリジナル・ヴァージョンで
ドラムを叩いていたのは、今日のドラマーでもある
古田たかしだった!)『逆光線』『Anytime』
『Tokyo Night』『ニッポンChar, Char, Char』
『Shinin' You Shinin' Day』『闘牛士』
『Smocky』など(順番めちゃくちゃ)。

アンコールは、佐橋さんを交えて『Happiness』。
Char は、石やんの緑色のテレキャス。
続いて、タイジをステージに呼び、『からまわり』。
最後は 4人で『Apple Juice』。

2時間45分ぐらいかな。
休憩なしでたっぷりと、楽しめました。
演奏後は、大勢のファンがステージ前に押しかけ、
プレゼントの手渡しタイム。
幸せそうな Char さんを見ると
どういうわけか、ウルウルしてしまった。



[ MEMBERS ]
Char(Gt, Vo)
kyOn(Key, Cho)
澤田浩史(Ba, Cho)
古田たかし(Dr, Cho)
Guest:
佐橋佳幸(Gt, Cho)
佐藤タイジ(Gt, Vo)

@ Bunkamura オーチャードホール


大江戸線の六本木駅構内に貼られていたポスター。
(5月9日撮影)









2016.6.27

The EXP Series #06
石若駿クリーンナップ・トリオ
meets KURT ROSENWINKEL


いやいや、素晴らしいライヴだった。
何度もゾクゾクする瞬間があり、
何度もウルウルする瞬間があった。

タイトルの「The EXP Series」というのは、
「シーンを牽引していく可能性を秘めたアーティスト達を
ブルーノート東京が紹介していく企画」ということらしい。
今日のリーダー、石若駿は、1992年生まれ。
10歳でハービー・ハンコックに才能を認められ、
15歳で日野皓正グループに参加したというとんでもない
経歴の持ち主で、昨年、東京藝術大学打楽器科を
トップの成績で卒業したということだ

その石若のトリオ、ギターは井上銘。
何度かここで彼のことは書いたので、
覚えている方もおられるかも知れない。
1991年生まれなので、やっと25歳か。
高校生の頃の彼は、私も通っていたジャズ・ギター
教室の一番若い生徒で、なおかつ一番上手だった。
その銘君、先日は渡辺香津美の
ギター生活45周年記念ライヴにも
ゲストで登場していたが、なんと今日は、
カート・ローゼンウィンケル と共演!
ひぇ〜!
小沼ようすけや渡辺香津美とのデュオでも
大変なことなのに、カートですぜ。

この若いトリオは、カートを迎えるには
十分な実力の持ち主3人で、言うことなし。
ドラムの石若を観たのは、初めてだったが、
素晴らしいね。
ドラムソロで、ウルウルくることは、
ホントに珍しいねんけど、ええドラムでした。
カートに触発され、食らいついていく銘君も
良かった。
ベースの須川崇志は、1982年生まれということで、
他の2人よりはややベテラン。
激しいウォーキングが心地よい。
カートという起爆剤のおかげで
3人のケミストリーにマジックが起こったって感じ。

石若、銘君の MC が対照的で面白かった。
石若は、カートと演れることが嬉しくて嬉しくて、
今日も楽しくてハッピーでしょうがないといった感じ。
一方、銘君は、半年前にこの企画が決まって以来、
ずっと胃が痛かったそうな。
自分が一番憧れていたヒーローとの共演。
どんな心持ちか想像を絶します。

今日は、会場に銘君のご両親の姿もあった。
息子が、カートと共演しているのを観るのは、
どんなお気持ちでしょう。
これも想像を絶します。

カートのギターは、最近出たウェストヴィルの
ダブル・カッタウェイのシグネチャーモデル。
銘君のギターも同じくウェストヴィルのセミアコ。
トーンは、銘君の方がギターっぽい音で、
カートは、セッティングなのでしょうか、
あまりギターっぽくない角の取れた音色。
時々、シンセ?と思うような音も使ってた。

ウェストヴィルというギターは、渋谷にある
ウォーキンというギター専門店のブランド。
店主が西村さんなので、”Westville” ね。
そんな日本製のギターをカートが気に入り、
シグネチャーモデルまでに発展したようだ。

今日は、カートが帽子を被っていなかった。
初めてです。



[ MEMBERS ]
石若駿 / Shun Ishiwaka (ds)
カート・ローゼンウィンケル / Kurt Rosenwinkel (g)
井上銘 / May Inoue (g)
須川崇志 / Takashi Sugawa (b)

@ Blue Note Tokyo
2nd Show

ブルーノートには珍しく、
若いお客さんが多かったなぁ。


---(2016.7.7 追記)---
BN の Live Reports サイトに Set List が
発表されていたので、転記しておこう。

6月27日 2nd Show Set List
1. Cleanup
2. Taiji Song
3. Waltz Step
4. The Boomers
5. When Sunny Gets Blue
6. Untitled No.1
7. Big Sac
EC. Evidence





2016.6.28

Q U E E N

先日、こんな内容のチラシを手に入れた。

フレディ・マーキュリー生誕70年、没後25年
31年ぶりの日本武道館公演が決定!
クィーン+アダム・ランバート


クィーンのことは、ここに書いた覚えが
あんまりないのだけど、高校時代は、
友人の影響もあって、結構、聴いていた。

1979年4月の大阪フェスティバルホールでの
来日公演には、その友人と 2人で観に行ったものだ。
そのあとに発売された LP2枚組のライブ・アルバム、
『LIVE KILLERS』のジャケットそのままの
大掛かりな照明が、天井から下りてきて、
コンサートが終了するという演出で、
高校生だった私は、度肝を抜かれた覚えがある。



しかし、1991年、フレディ・マーキュリーが
45歳という若さで、亡くなってからは、
私の中では、クィーンは終わっていた。
クィーンにフレディ以外のボーカルなど
考えられるはずがない。
ローリング・ストーンズのボーカルが、
ミック以外考えられないのと同じことだ。

そんなわけで、冒頭に書いたチラシを手にしても、
私の心は、動かなかった。
でも、ちょっとだけ(どんなんかな?)と
スケベ心が出てきたので、チェックしてみた。

で、この動画観て、認識を改めた。
クィーンの中でも一番好きな曲『Somebody To Love』
夜中に観ながら、思わず「イェ〜」って、
声出してしもたで。

アダム・ランバートは、フレディの代わりではないのだ。
クィーンの新しいボーカルなのだな。

これは行かなあかんというわけで、
先行抽選に申し込んだところ、見事当選。
9月23日、武道館だ!


クイーン+アダム・ランバート日本公演決定!





2016.6.29

マイ・ワンダフル・ライフ

一昨日の「石若駿クリーンナップ・トリオ
+カート・ローゼンウィンケル」のライヴで、
一番印象に残った曲が、"Waltz Step" という
初めて聴く、非常に美しいメロディの曲だった。
石若の紹介によると、すでに亡くなった
ドラマー富樫(とがし)雅彦の曲ということだった。

富樫雅彦については、何も知らなかったが、
調べてみると、2007年に67歳で亡くなっている。
もともとジャズ・ドラマーだったのが、
29歳の時、事故で下半身が使えなくなった。
ドラマーが足を使えないのは致命的だ。
だが彼は再起し、その後はパーカッショニストとして
活動したようだ。

ウィキペディアには、「富樫の浮気が原因で背後から
妻にナイフで刺され脊椎を損傷し下半身不随」とある。
激しい人生を送られた人のようだ。

その "Waltz Step" の収録されている CD が、
なかなか見つからなくて、やっと見つけたのがこれ。



マイ・ワンダフル・ライフ 富樫雅彦バラード・コレクション

このアルバムは、富樫の死後、彼と親交の深かった
ミュージシャン、佐藤允彦、渡辺貞夫、日野皓正、
峰厚介、山下洋輔 がソロまたはデュオで吹込んだもの。

早速、注文し届いたものを聴いているが、
件の "Waltz Step" だけではなく、他の曲も良い。
富樫の美しいメロディを素晴らしいミュージシャンが、
心を込めて演奏した、そんなアルバムだ。

妻に刺された男が書いた "My Wonderful Life"。
それがこの上なく美しく、涙腺を緩ませるのは、
どういうことだろう。




痛風物語 18
〜 外反母趾も? 〜


6月1日に発症した 3度目の痛風は、
11日にほぼ治まりを見せた。
しかし、その10日後の20日、
再び地味に再発症をしたのだ。
これで4度目。

「地味に発症」と書いたのは、
4回の中では一番軽症で、ほとんど
痛み止めを飲むほどでもなかったからだ。
びっこを引かなければ歩けない時はあったけど。

そして今回は、症状が軽いだけではない。
痛みもほとんどなく腫れも引いたので
もう治ったのかと思っていたら、翌日には、
腫れていて軽い痛みを伴う日があったりと
日によって症状が違う。
3度目の発症時も少しそういう傾向があったが、
これほどではなかった。

昨日は、ほとんど痛みを感じることもなかったのに
今朝は、チクチクと痛みがあり、
患部を見るとやや腫れていた。
そんなわけで、スッキリしない日が続いている。

食事は、油断せぬよう心がけているつもりだが、
気が付くと「ちょっとぐらいええやろ」という
悪魔のささやきに負けている自分がいる。
これは、自分とのゲームだと思って
楽しむことにしたよ。

ところで、患部が赤く腫れているのだが、
どうも外反母趾のようにも見える。
痛くない方の足と見比べると
明らかに出っ張り始めている。

肩の治療で通院している整骨院の先生に訊くと
確かに外反母趾だが、これぐらいなら心配ないという。
ただ、歩くときに親指で地面を蹴って歩くことを
意識するように言われた。

「外反母趾」で検索するとこんな記事があった。

外反母趾本当の原因
外反母趾の原因をひと言で表現するのならば.
【足の指を使って生活していないこと】
と言えるでしょう。
具体的には・・・
1. 足指を動かしていない.
2. 足指に体重を乗せて立っていない.
3. 足指に体重を乗せて歩いていない.
というたった3つの、実はとてもシンプルなものです。
外反母趾研究所


踵にばかり体重をかけていてはいけないようだ。
これは、興味深い。
「足の指で地面をつかみながら歩け」というのも
どこかで聞いたような覚えがある。
ところが、上記のサイトには、こんな文言が。

ご注意ください!
『指を使う歩き方』とは巷で
言われているような
『指で地面を蹴るように歩く』
『指で地面を掴むように歩く』
ことではない!
今まで悪い歩き方をしていた方がこのように歩いてしまうと、
かえって症状を悪化させてしまいます!


参ったなぁ。
「必ず専門家の指導を受けてください」だと。
まあ、今の私のレベルではそこまでではないやろけど。

私の場合、痛風の痛みがある場合は、
特に痛い方の足の指は、ほとんど動かしていない上に
体重もかからないように歩く。
痛みがない時は、どんな風に歩いているかなど
全く観察したことがないので、
これからは、意識して歩くことにしてみよう。
って、これが意外と難しいねんけどね。
足の指の体操もしよっと。





2016.6.30

ほぼほぼ

「ほぼほぼ」って使いますか?
いつ頃からか、耳にするようになった言葉「ほぼほぼ」。

例えばこんな場面で耳にするようになった。
仕事を依頼している先から、
その進捗状況についての報告の電話。
「その件は、ほぼほぼ 完了しております。」

「ほぼ 完了しております」と
「ほぼほぼ 完了しております」とでは、
「ほぼほぼ」の方が、限りなく100%に
近い印象を受ける。

「何気に」や「きれいく」「みたく」などは、
どうも抵抗があり私は使わないが、
「ほぼほぼ」は、あまり抵抗がないので、
私ももしかしたら、無意識に使っているかもしれない。

そんな「ほぼほぼ」に関する記事を読んだ。
一般人だけではなく、大臣や教育評論家までが使い、
今や、国語辞典の「ほぼ」の注釈には、
「俗に、重ねて使う」と付けくわえられているらしい。
「ほぼほぼ」は、出現から意外に早く、
ほぼほぼ 市民権を得た言葉のようだ。



ひとりごと