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Photo Report 2026年
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2026.3.6
奈良レポート(その2)
室生(むろう)は、室生寺が有名だ。
近鉄線に「室生口大野」という駅がある。
高校1年生の時の遠足が、室生口大野の
河原で飯盒炊爨だった。
それで「室生」という地名があることを知った。
それから何十年も経って、写真を撮るように
なって最初に好きになった写真家が土門拳。
日本を代表する写真家のひとりである土門拳は、
多くの古寺を撮影しているが、
『土門拳の室生寺』という写真集がある。
おそらく、土門拳の写真を通じて室生寺を
知った人も多いのではないかと思う。
2泊目の宿は、室生にある「民宿むろう」。
築150年の古民家を改造した宿。
料理が素晴らしかった。
夕食も朝食も。
山菜と自家製の野菜中心で、小鉢で
20種類ぐらいあったんじゃないかと思う。
ひとつ一つがとても丁寧に調理されていて、
全てが美味しかった。
そして、初めて食べた宇陀牛(うだぎゅう)。
宇陀牛というのは、奈良県宇陀市で育った牛。
数が少ないのであまり出回っていないらしい。
とても美味しいお肉(ローストビーフ)でした。
室生の景色を眺めながらの朝食。
翌日(3日目)は、室生寺には行こうと
思っていたけれど、宿のご主人の勧めで、
朝食前に龍穴(りゅうけつ)神社へ行くことに。
朝は山に霧が出る。
写真は、宿の前で撮った写真だが、
この霧が時には、龍のように見えることもあるらしい。
龍穴神社のそばにある「而二不二(ににふに)の神木」。
写真からその大きさが分かると思う。(モデルは妻)
「而二不二」というのは、相反する二つの側面があっても、
その本質は一つであるという意味らしい。
例えば、紙には表と裏があるけれど、
表と裏がそろって初めて一枚の紙になる。
この表と裏が「而二」にあたり、一枚の紙が「不二」
というわけだ。
この神木は、元々は二本の別の木だったんじゃないか。
だから、二つにして、二つではない(一つのもの)、
「而二不二」と名付けられたのではないか、と思った。
そして、龍穴神社にもこんな木が。
これまた立派な杉で、やはり元々は二本の木だったのでは
ないかと思う。
「連理の杉」または「夫婦杉」と言われているらしい。
これも「而二不二」ではないか。
そして、龍穴神社。
神社から少し山を登ると、龍神の住む奥宮
「吉祥龍穴」がある。
この鳥居をくぐり、階段を下りていくと
簡易な遥拝所(ようはいじょ)がある。
土足厳禁でスリッパが置いてある。
これが龍神の住処、吉祥龍穴。
本当に龍が住んでいてもおかしくないような
所だったよ。
(つづく)
2026.3.7
奈良レポート(その3)
朝食を済ませ、民宿をチェックアウトし、
いよいよ室生寺に向かった。
前回書いた通り「室生」という地名や
「室生寺」の存在は、高校生の時には
知っていたが、「室生口大野」への遠足以外
訪れたことはなかった。
私のように奈良県よりの大阪に住んでいれば、
東大寺や奈良公園のように有名でなくても、
なんとなく奈良の地名や観光地は知っているものだ。
室生寺以外にも例えば、長谷寺、信貴山、
金剛山、どんづる峯(ぼう)など。
たぶん、遠足などで行ったり、行ってなくても
それなりに地元では知られていたりする所だ。
ところが、室生が「宇陀市」にあるということは
知らなかった。
室生が何郡か何市かなんて考えたこともなかった。
前日に食べた「宇陀牛」は宇陀市の特産だったのだ。
それはさておき、室生寺は泊まっていた民宿から
車で5分ほど。
まずは室生川を太鼓橋で渡る。
受付で入山料600円を払い、
進むと仁王門。
女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣が
許されていたことから「女人高野」の別名がある。
金堂。
本堂。
これらの中に土門拳が撮影した仏像が
あるのだが、残念ながら撮影は禁止だし
仏像の近くには寄れない。
「土門拳の室生寺」ならぬ「つつみしんやの
室生寺」を撮影しようという意気込みは、
簡単に砕けてしまった。
五重塔。
日本最小の五重塔。
近くで見るとミニチュアのように小さい。
といっても、16・22メートルある。
1998年の台風で壊滅的な被害を受けたが、
2000年に復旧工事を終え、今の姿になっている。
さて、ここから奥の院まで石段が続く。
仁王門から数えると奥の院まで約700段あるらしい。
何度も休憩しながらたどり着いた奥の院。
ここにはお坊さんがおられ、
御朱印などを買うことができる。
「毎日登ってくるのですか?
ここで寝泊まりされているのですか?」
と聞くと「恐くて泊まれない」と言ってました。
恐いのはこの世のものではないモノノ怪かと
思ったら、獣とのこと。
そういえば、どこかで「熊に注意」の看板を見た。
階段を何十段か降りて奥の院を見上げる。
宝仏殿で国宝や重要文化財になっている仏像を見て、
次は宿のご主人に教えてもらった大野寺へ。
大野寺の門。
ここは大きなお寺ではないが、お寺の前に
宇陀川が流れていて、その川の対岸の
切り立った岸壁に 13・8メートルもある
弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)が
線刻されている。
経年のせいか 言われないと分からないのだけど。
(つづく)
2026.3.8
奈良レポート(その4)
東大寺の大仏を観るのは何十年ぶりだろう。
小学校低学年の遠足のあとにも、
一度や二度は来たと思うのだけど、
記憶が定かでない。
前にも書いた通り、奈良はあまりにも身近で
また東大寺はあまりにも有名で、
大人になってから行こうと思った覚えがない。
この機会だから、と行ってみて驚いた。
大仏殿を見ただけで、感動してしまったのだ。
大仏殿に驚くより、自分の反応に驚いたよ。
大仏さんの正式名は、盧舎那(るしゃな)仏
もしくは毘盧遮那(びるしゃな/ヴァイローチャナ)仏
と言うそうな。
その意味は、知慧と慈悲の光明をあまねく
照し出されている仏ということらしい。
大きさは次の通り。
像高14.98m/目長1.02m/耳長2.54m
顔長5.33m/鼻高0.50m/台座高3.05m
東大寺のウエブサイトによると
「天平15年(743)に盧舎那大仏造顕(造立)の
詔が発せられ、都が紫香楽(滋賀県甲賀市信楽町)
から平城に還ると、大和国金光明寺で盧舎那大仏の
造像工事が始まり、天平21年(749)仏身が鋳造。
同時に大仏殿の建立も進んで、天平勝宝4年
(752)に盛大な開眼供養会が営まれた」とある。
9年がかりで作られたわけだ。
それから何度か大仏も大仏殿も損壊・修理があり
現在に至っているようだ。
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話しは大きく変わるが、地方に旅行に行くと、
妻はやたらと道の駅に行きたがる。
道の駅に行くために旅行をしていると
言っても良いぐらいだ。(言い過ぎ)
あまり買い物はしないが、私も売っているものを
見るのは好きなので、大体は旅行先で
スーパーなども覗くことにしている。
地域によって売っているものや値段の
違いを知るのは、それなりに面白い。
奈良の「旬の駅 ならやま」という農作物を
中心に売っている店では、東京では見かけない
珍しいキノコを見つけた。
(奈良県産とちゃうねんけどな)
山茶茸(鳥取県産)
やなぎまつたけ(長野県産)
エリンギならぬ「エリンギィ」(鳥取県産)
この横には、普通の「エリンギ」も並んでたよ。
気になるので調べてみた。
(奈良県と関係ないけど)
この「エリンギィ」を作っている「北村きのこ園」では
平成11(1999)年から「エリンギィ」を
売っているようで、ウエブサイトには、
「学名『Pleurotus eringyii』(プレロータス・
エリンジー)のスペルから見た韻より『エリンギィ』と
表されていたんだと思います」
と書かれている。
しかし、エリンギのシェア約50%のホクトは
「エリンギ」と表記しているので、
「北村きのこ園」は、ホクトさんは
「何故ちっちゃい「ィ」を無くしてしまったんだろう?」
と書いてます。
つまり、「エリンギィ」も「エリンギ」も
同じキノコだということです。
2026.3.10
奈良レポート(その5)
写真編
奈良で撮った写真を40枚以上、
インスタグラムに上げた。
その中から数枚を紹介。
奈良レポート 完