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2026.4.8

水のソナタ

錦糸町にあるコンサートホール、
「すみだトリフォニーホール」には
もう10回は行っただろうと思う。
エントランスを入ったロビー(最近は
ホワイエとか言いますな)に以前から
彫刻が置いてあったのは知っているが、
チラッと見るぐらいで 特に興味を持たなかった。
座ってピアノを弾いている男性の彫刻だが、
肝心のピアノが置いてないので、
パッと見ると、なんだかまだ展示が
完成していないような、そんな風にも見えた。

昨日は違った。
今までと全然違う温度で何かを訴えてきた。
一目見て、舟越桂だと分かったんだ。
近寄ると『水のソナタ』と作品名は書いてあったけど、
作者の名前はなかった。
間違いないだろうとは思ったけど、
念のためスマホで「水のソナタ」と検索すると
すぐに「舟越桂の彫刻作品」と出てきた。

今まで特に興味がなかったのに、なぜ
舟越桂だと分かったかというと、先日
世田谷美術館で舟越桂の『夏のシャワー』という
作品をずいぶんジロジロと観てきたところだたからだ。

夏のシャワー


これを見てから『水のソナタ』を観ると、
もう間違いない芸風です。

水のソナタ








『夏のシャワー』同様、この作品も独特な味。
なんか変に中毒性があるなぁ。
全く何とも思わなかった作品がこんな風に
観えてくるのは、面白いなぁ。

そしてタイトルも『夏のシャワー』同様、
これまたなんとなく意味不明。
きっと意味があるのだろうけど。

「ソナタ」は、韓国ドラマ『冬のソナタ』で
一般の人にも耳慣れた言葉になったかも知れないが、
ピアノ独奏曲などクラシック音楽の形式のひとつ。

舟越桂は、絵も何枚か(ネットで)観たけれど、
彼の彫刻をそのまま平面にしたような印象で
どこまでも個性的。
ちょっと興味が出てきた。





2026.4.15

PASTEL 画 再び

2012年にパステル画の先生と知り合い、
一度だけ習いに行った。

こちらがその時の作品。



「教会と月のある風景」と、題材が
決められていた覚えがある。
パステル画というのは、どんな風に描いていくのか、
今となっては全く覚えていなかったのだけど、今日、
14年ぶりにパステル画に取り組む機会があった。
(違う先生でね。)

今回は題材の指定はなく、何を書いてもOK。
「何でも良い」と言われるととたんに
何を書いてよいのか分からなくなる自分。
「好きな色でとにかく塗り始めましょう」と言われ、
塗り始める周りの人たち。

どうやら、私は何を描くか決めてからでないと、
描き始められないようだ。
もしかしたら、これって、
ネガティヴ・ケーパビリティの欠如?

とりあえず自分の写真をヒントにしようと、
スマホでインスタを開く。
昨年の夏、妻の故郷(山形)で撮った
田園と空、雲の写真にピンときた。
よし、この路線で行こう!

で、出来上がったのがこちら。



実は、完成間近に「これでは主題がないではないか」
と気付き、慌てて案山子を書き足した。
が、案山子は主題になり切れず、
やはり何かが物足りない、という作品になってしまった。
うーむ、悔しい。

元ネタにした写真はこちら。



これは雲に存在感があるんだよなぁ。


[ 関連エントリー ]
2012.2.27 PASTEL 画





2026.4.28

ウジェーヌ・ブーダン展
― 瞬間の美学、光の探求




新宿の損保美術館で開催中の展覧会
「ウジェーヌ・ブーダン展 ― 瞬間の美学、
光の探求」に行ってきた。
ウジェーヌ・ブーダンのことは、
名前すら知らなかったのだけど、
ポスターの絵は悪くないと思った。
「悪くない」なんて、何様だ。

ブーダンはフランス北部の出身。
日本での知名度は、モネやゴッホほどではないが、
印象派の先駆者と言われる画家で、
実際モネに影響を与えた人のようだ。

展覧会は、海景、空、素描、風景、建築、
動物、人物、版画に分けて展示されていた。
展覧会に出向く時は、新しい出会いが
一枚あれば良いと思っているが、
今回の一枚は「干潮」(1884年作)という、
空(と夕陽と海)の作品。
たぶん今回展示されているブーダンの作品では
最大だったんじゃないかな。
断然、ほかの絵より素晴らしく
訴えてくるものを感じた。
それが何かって言語化できないけど。
残念ながら、撮影禁止の写真だったが、
確かキャプションには 国が買い上げた初めての
ブーダンの絵と書いてあったと思う。

干潮(購入したポストカードを撮影)


これでは全く迫力が津和らないけど。

ほかの印象派の画家の作品を見ても
あまり写真的だと感じたことがないのだけど、
この人の絵はとても写真的に感じた。
例えば、モネやゴッホの絵には「時間(の流れ)」を
感じるけれど、ブーダンの絵は
一瞬を切り取ったような印象のものが多い。

それから、最後のコーナーは、
損保美術館のウリ、ゴッホの「ひまわり」。
以前にも観に来たことがあるが、
その時はここの「ひまわり」は
そんなに良いと思わなかった。
でもなぜか、今日は少し印象が違った。
なぜ、ゴッホは花びらが落ちた、
枯れたひまわりを描いたのだろう? と
絵を前に考えてみた。
そんなことはきっと専門家の中で
色々研究されているだろうから、
調べれば分かるだろうけど、それを知る前に
絵から感じ自分で考えてみたいと思った。

しばらく眺めていて気づいた。
「ひまわりを描くなら花びらの付いた満開の
ひまわりだろう」という私の前提が間違いだと。
そんなのはバイアスに過ぎない。

ここからは想像だけど。
ゴッホが見たひまわりは、幾つかの花が
既に枯れていた。
もしかしたら、描いている間に
枯れてしまったのかも知れない。
ゴッホにとっては、つぼみであっても満開であっても
枯れていたとしても、全てが「ひまわり」なんだ。
別に生命の儚さを表現しようとしたのでもないし、
侘び寂びを描きたかった訳でもないのではないか。
そんな風に思ったのでした。



事実は知らんけどな。





2026.5.19

トワイライト、新版画
― 小林清親 から 川瀬巴水 まで




小林清親(きよちか)と川瀬巴水の展覧会かと
思って行ったら、明治から大正・昭和にかけての
多くの版画家の展覧会だった。

私は川瀬巴水と吉田博ぐらいしか知らなかったが、
たくさんの版画家の作品が展示されていた。
作品は 米国ワシントン D.C. にあるスミソニアン
国立アジア美術館から借用された浮世絵・
新版画・写真約130点。
「里帰り」という表現も使われていたが
確かに日本で生まれた作品ばかりだ。

何人もの版画家の作品を見てよく分かったのは、
私の好みは川瀬巴水だということ。
圧倒的に好きだな。(あと吉田博も)

展示は第1章から第9章に分けられており、
明治初期の小林清親から順に展示されていた。
時代的に川瀬は、新しい人なので、
最後のコーナーで展示されていたのだが、
川瀬の作品の部屋に入って、何というか、
安心したような心持ちになった。
色彩もタッチも断然、川瀬が好きだ。

小林清親は、まだ江戸時代の浮世絵の
延長というイメージで、個人的には
あまり良いとは思えなかった。
版画の新しい時代を開いたひとりで、
歴史的には価値があるのだろうけど。

それ以外に今回初めて知った中で
良かったのは、イギリス人画家の
チャールズ・ウィリアム・バートレット、
高橋松亭(しょうてい)、伊東深水あたりは好みでした。

伊東深水は、川瀬巴水の同門で
伊東の『近江八景』を観た川瀬が
自分も版画をやりたいと言い出したらしい。
つまり川瀬が版画を始めるきっかけになった人だ。
その『近江八景』8枚も展示されており、
中でも『粟津(あわづ)』は何とも良い感じだった。
(「巴水」「深水」とどちらも名前に「水」が付くのは
師匠の鏑木清方(かぶらき きよかた)から
与えられた画号だから。)

昨年、熱海の MOA美術館で観た
「光る海 吉田博展」では6つの「帆船」が
展示されていたが、今回は4品だった。
それでもこの作品群は特別なオーラを
発しているように感じた。

版画以外には、「鶏卵紙に手彩色」と書かれた
作品も何枚も展示されていた。
これはモノクロ写真に手書きで色を付けて
カラー写真のようにしたもので、
明治時代に流行ったらしい。


@ 三菱一号館美術館(東京・丸の内)





2026.6.7

リボルバー
原田マハ 著




原田マハさんの小説『リボルバー』。
先日、新宿の損保美術館で
ゴッホの「ひまわり」を観た。
その時のエントリー
「なぜ、ゴッホは花びらが落ちた、
枯れたひまわりを描いたのだろう? と
絵を前に考えてみた」と書いた。

ゴッホ関連では、マハさんの
『たゆたえども沈まず』は凄く良かったし。
『リボルバー』の表紙が「ひまわり」なので
もしかしたら、何かヒントがあるかも、と
読んでみた。

結果は、残念ながら、私が欲しかった
「ひまわり」に関するヒントになるような
ことは書かれていなかった。

そして、小説としての感想だが。
『たゆたえども沈まず』が素晴らしかっただけに
『リボルバー』は、ちょっと残念だった。
ミステリー仕立てなのは良いが、
ちょっと無理がある。

以下、ネタバレ注意です。

パリのオークション会社に勤務する
冴(さえ)のところに「ゴッホの自殺に
使われたものだ」という錆びついたリボルバー
(拳銃)が持ち込まれる。
持ち込んだ女性サラは、どういう経路で
それを手に入れたのかなど、ほとんど何も語らない。
冴は、その真贋を確かめるべく調査を始めるが、
そこで一番疑問だったのは、一番先にサラに
訊くべきでしょう、ということ。
本当にオークションに出したいのであれば、
その物にどんなストーリーがあるのかを
明かさなければ、売れるはずがないだろうに。

リボルバーは、ゴーギャンがゴッホの弟テオから
「弾は入っていない」と預かったものだったけど、
実は弾が一発だけ入っていて、事故で
ゴッホにその弾が当たってしまうというオチ。

この小説、最大の弱点。
ゴーギャンは弾が入っていないと思っていた。
ない、ない。
絶対にない。
ゴーギャンはその拳銃を相当な期間持っていた。
その間、一度も弾倉を見なかったなんて、
拳銃を持った人ならあり得ない。
例えテオが「弾は入っていない」と言ったとしても、
普通は確かめるでしょう。
確かめないなんて、あまりにも不用心で、
現実味がなさすぎる。

それに、ゴーギャンはアルルでゴッホと別れたあと、
二度どゴッホには会っていない、というのが通説。
オーヴェル・シュル・オワーズまで、ゴッホに
会いに行っていたという設定も(可能性が
ゼロではないにしろ)ちょっと無理があると思った。

そんなわけで、小説としては、
ちょっとなぁ、という感じなのでした。
マハさんの小説は、何冊か読んで好きなのだけど。

ただね、2019年にパリに行き、オルセー美術館にも
行ったし、何よりオーヴェル・シュル・オワーズに行って、
ゴッホが最後に過ごしたという部屋も、
オーヴェルの教会も、ゴッホの墓も、あたりの麦畑も、
オワーズ川の河原にも行ったので、それらが
舞台になったシーンでは、とてもリアルに
感じ取ることができたのは良かったよ。


★★★☆☆


来月は、2年ぶりに長野の東山魁夷館に
行く予定なので、続けてマハさんの
『生きるぼくら』(表紙が東山魁夷の「緑響く」)を
読みます。
これまた、東山魁夷がどれほど出てくるのか
知らんけど。





2026.7.10

妄想美術館
原田マハ X ヤマザキマリ




原田マハさんの著書は数冊読んだけれど、
ヤマザキマリさん漫画は読んだことがない。
大人になってからは、漫画は数えるほどしか
読んでいないんだ。
でも、映画になった『テルマエロマエ』は、
2本とも劇場で観たよ。
ヤマザキマリさんは、山下達郎のアルバム
『SOFTLY』のジャケットになった達郎氏の
肖像画を描いていたり、立川志の輔師匠の
落語会に行くとマリさんの描いた師匠の
肖像画が展示されてたりと、
漫画は読んでいないのに
不思議と馴染みがある。

原田マハ と ヤマザキマリ。
アート、そして小説と漫画という違いはあれど
アートをネタに創作するという共通点を持つ、
このおふたりの対談。
この本を読む前に、デジタルで読んだ対談が
とても面白かったので、この本も読んでみたくなった。

好きな美術館、好きな作家、好きな作品、
お勧めの美術館など、ふたりのファンでなくても
アート好きなら知っておきたい情報満載。
ふたりが館長をするなら、という妄想美術館も
面白いし、『テルマエロマエ』誕生秘話も興味深い。
知らない作家を知れるのも良いね。

ちょっとマリさんの方が、マニアックな印象。
おふたりとも専門的な教育を受けていらっしゃるから、
奥が深いです。
そんなに文字数が多い本ではないけれど
この一冊だけでも私の受け皿は溢れてしまいました。


★★★▲☆





2026.7.19

ピカソ meets ポール・スミス
遊び心の冒険へ
Picasso, through the Eyes of Paul Smith



国立新美術館で開催中の展覧会
「ピカソ meets ポール・スミス」に行ってきた。
国立ピカソ美術館(パリ)が所蔵する、
パブロ・ピカソの作品を英国人デザイナー、
ポール・スミスが考案した会場のレイアウトに
展示するという企画。
2023年にパリで開催された、
ピカソ没後50周年記念の特別展
「ピカソ・セレブレーション:コレクションに
新たな光を!」を基にした国際巡回展。

通常、展覧会で作品が展示される壁は、
白っぽい無地の壁であることが多いが、
この展覧会は違った。
15のコーナーに分けられていたが、
原色で塗りつぶされた壁だったり、
派手な模様だったり、ポスターが
張り巡らされていたりと、ピカソの作品だけ
ではなく、そのディスプレイ自体も楽しめる
ように作られていた。







ピカソの作品は、作風の幅が広くて
中には何が良いのか分からないものもあるが、
今回は「ヘタウマ」的な作品に惹かれた。
特にこれ。



『草上の昼食:片腕に寄りかかり座る男』
これ、厚紙を切って鉛筆でちょこちょこっと
書いただけのものなのだけど、何とも言えない
味がシミ出ている。
もとネタはマネの『草上の昼食』という、
オルセー美術館所蔵の絵画。



この絵のピカソによるカバー作品(?)も
あったのだけど、ピカソは手前の男性を裸にして、
厚紙に書いて切り取ってしまったんだな。
作られたのが、1962年8月28日とあり、
私が生まれて間もないこともなんだか嬉しい。
ポストカードを買ったよ。



こちらは『牡牛の頭部』。



実はこれ、自転車のサドルとハンドルを
組み合わせただけで、溶接した以外
何も手を加えていない。
「アッサンブラージュ」と呼ばれる寄せ集め
(組合せ)の作品。
こういうの思いつくのは天才だなぁと思う。

ポール・スミスは、この作品の左右両サイドに
自転車のサドルとハンドルを並べてディスプレイ。



『女あるいは水夫の胸像』



これは『アヴィニョンの娘たち』のための習作。
『アヴィニョンの娘たち』というのは、
「キュビスム」の起点とされる作品らしいが、
そこにたどり着くために、たくさんの試行錯誤が
あったんだな。







 ひとりごと