2026年3月
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2026.3.1
本日は、お日柄もよく
原田マハ 著
『本日は、お日柄もよく』は、原田マハさんの
2010年発表の小説。
スピーチライターという職業があることを、
この本を読むまで知らなかった。
スピーチライターというのは政治家や企業の
社長などのスピーチの原案を考えたり、
アドバイスをしたりする人。
OLだった主人公が幼馴染の結婚披露宴で
ある人のスピーチに感動したところから
人生が大きく変わり出すストーリー。
根が皮肉な私は「現実はそんな甘ないで」とか
「そんなうまいこといくかいな」とか思いながら
読み進めたが、それでもちょっと泣かされてしまった。
そして私が「現実はそんな甘ない」とか
「そんなうまいこといかない」と思うことが、
世界では時々本当に起きていることも知っている。
事実は小説より奇なり、だ。
言葉の持つ力と、言葉にならない時の人の力は、
誰もが知りたい、欲しいことではないかと思う。
本書にそのヒントが散りばめられている。
ところで、登場人物が国政選挙に立候補し、
街頭演説する場面で、次の様な文言があった。
「いますぐ、まっすぐ。政権交代!民衆党」と
白字にくっきりと黒く太いゴチック体で書かれたのぼり
一瞬、その文字の色が白なのか黒なのか混乱した。
いやよく読めば「黒く太いゴチック体で書かれた」と
あるので文字は黒色なのだけど、その前にある
「白字」が混乱の元だった。
この場合、白い背景に充てる漢字は、
「白字」ではなく「白地」ではないかと思った。
でないと「白字に黒字で書いた」という、
訳の分からない文章ができてしまうやないか。
原田マハさんや編集者が間違うとは思いにくいので
「白地」だと思っていたのは私の勘違いなのかと
Googleに質問してみた。
Googleの回答は次の通り。
「白い背景」は、一般的に白地(しろじ)です。
それぞれの言葉の意味は以下の通りです。
白地(しろじ):
白い背景、地の色が白であること(例:白地に黒字)
白字(しろじ/はくじ):
白いもので書かれた文字、色抜きされた文字
やっぱりそうだよなぁ。
どう考えても「白地」は「白い地(背景)」
「白字」は「白い字」だもんな。
何故「白字」を使ったんだろうな。
それはさておき。
本当に政治家にスピーチライターが
関わっているのだとしたら、失言の多い政治家は、
スピーチライターのアドバイスや忠告を
聞けない人ということか、優秀なスピーチライターが
ブレーンにいないということになるのかな。
高市総理の「働いて、働いて、働いてまいります」も
ご本人ではなく誰かが考えたのかな。
奈良出身の初の総理ということで、
奈良のお土産屋さんには、「早苗ちゃんクッキー」が
売られていたし「働いて、働いて、働いてまいります」と
書かれたクリアフォルダも売ってたよ。
2026.3.2
Walkin’ After Midnight
"Walkin’ After Midnight"
パッツィー・クライン(Patsy Cline)の
1957年のヒット曲。
パッツィー・クラインは、1950年代後半から
60年代前半にかけて活躍した米国の歌手。
1963年30歳に時、キャリアの絶頂期に
プライベート飛行機の事故で亡くなっている。
私は彼女のことをずいぶん前に
『Remembering Patsy Cline』という
トリビュート・アルバムで知った。
そのアルバムには、ノラ・ジョーンズや
ダイアナ・クラールなどが参加していた。
日本では、エルビス・プレスリーほど有名では
ないけれど、米国ではエルビス同様に
偉大なシンガーのひとりのようだ。
『Walkin’ After Midnight』も
そのアルバムに収録されていた。
そのアルバムでは、テリー・クラークが
ちょっと重たい目のリズムで歌っている。
先日、辻本明子さん(vo)の YouTubeに
新しい動画『Walkin’ After Midnight』が
アップされた。
ギターとのデュオで、ギターは私。
マデリン・ペルーもこの曲をカバーしていて、
そのヴァージョンがなんとなく辻本さんの
歌に合いそうな気がして提案してみたら、
演ることになったのだけど、マデリンの
ヴァージョンとも違う仕上がりになっております。
良かったら、ご視聴ください。
↓
Akiko Tsujimoto ー Walkin’ After Midnight
2026.3.3
奈良レポート(その1)
私の育った大阪府柏原市は、奈良県との
県境にあり、柏原駅から奈良駅までは、
JR大和路線で30分もかからない。
子供の頃は、何度も奈良に遊びに行っているし、
大人になってからも、奈良のライヴハウスに出演したり、
奈良公園までドライブしたりしたものだ。
そういえば、姉は奈良の玉姫殿で結婚式を挙げた。
結婚相手が奈良の人だった。
中学生の頃は、信貴山(奈良県生駒郡)に
何度も歩いて登ったものだ。
そんな風に近いこともあり、奈良県へは
泊りがけで旅行に行くということはなかった。
その奈良に先週三泊してきた。
一日目は、大阪の母のいる老人ホームに
面会に行き、夜は奈良在住の友人(元々は
柏原の人)に会いに王寺へ行った。
たぶん彼に会ったのは、35年ぶりぐらいではないかと思う。
その間、彼とは電話もメールのやり取りも
なかったので、会うとどんな感じだろうと思っていたが、
話していると、なんだか当時の感覚が思い出され、
不思議な体験だった。
その日は、JR奈良駅前のホテルにひとりで宿泊。
翌日、14時に妻が奈良駅に到着するまで、
ひとりで奈良観光。
JR奈良駅から近鉄奈良駅まで歩いた。
中学生ぐらいの頃、何度も歩いた覚えがあるのだけど、
なんとなく記憶していた感じとは 全く違っていた。
もう45年ぐらい前のことなので、記憶も曖昧だが、
おそらく街も大きく様変わりしているんだろう。
金曜日ということもあってか、観光客は
東京の浅草のように多くはなく、かといって
寂しいほど人がいないわけでもなく
ちょうど良い感じだった。
外国人はそれなりにいたけれど、
あまり中国語は聞こえてこなかった。
やはり一時期より中国の観光客は
減っているのだろうか。
妻と合流した後、レンタカーを借りて
その日の宿である室生(宇陀市)へ向かった。
(つづく)
2026.3.6
奈良レポート(その2)
室生(むろう)は、室生寺が有名だ。
近鉄線に「室生口大野」という駅がある。
高校1年生の時の遠足が、室生口大野の
河原で飯盒炊爨だった。
それで「室生」という地名があることを知った。
それから何十年も経って、写真を撮るように
なって最初に好きになった写真家が土門拳。
日本を代表する写真家のひとりである土門拳は、
多くの古寺を撮影しているが、
『土門拳の室生寺』という写真集がある。
おそらく、土門拳の写真を通じて室生寺を
知った人も多いのではないかと思う。
2泊目の宿は、室生にある「民宿むろう」。
築150年の古民家を改造した宿。
料理が素晴らしかった。
夕食も朝食も。
山菜と自家製の野菜中心で、小鉢で
20種類ぐらいあったんじゃないかと思う。
ひとつ一つがとても丁寧に調理されていて、
全てが美味しかった。
そして、初めて食べた宇陀牛(うだぎゅう)。
宇陀牛というのは、奈良県宇陀市で育った牛。
数が少ないのであまり出回っていないらしい。
とても美味しいお肉(ローストビーフ)でした。
室生の景色を眺めながらの朝食。
翌日(3日目)は、室生寺には行こうと
思っていたけれど、宿のご主人の勧めで、
朝食前に龍穴(りゅうけつ)神社へ行くことに。
朝は山に霧が出る。
写真は、宿の前で撮った写真だが、
この霧が時には、龍のように見えることもあるらしい。
龍穴神社のそばにある「而二不二(ににふに)の神木」。
写真からその大きさが分かると思う。(モデルは妻)
「而二不二」というのは、相反する二つの側面があっても、
その本質は一つであるという意味らしい。
例えば、紙には表と裏があるけれど、
表と裏がそろって初めて一枚の紙になる。
この表と裏が「而二」にあたり、一枚の紙が「不二」
というわけだ。
この神木は、元々は二本の別の木だったんじゃないか。
だから、二つにして、二つではない(一つのもの)、
「而二不二」と名付けられたのではないか、と思った。
そして、龍穴神社にもこんな木が。
これまた立派な杉で、やはり元々は二本の木だったのでは
ないかと思う。
「連理の杉」または「夫婦杉」と言われているらしい。
これも「而二不二」ではないか。
そして、龍穴神社。
神社から少し山を登ると、龍神の住む奥宮
「吉祥龍穴」がある。
この鳥居をくぐり、階段を下りていくと
簡易な遥拝所(ようはいじょ)がある。
土足厳禁でスリッパが置いてある。
これが龍神の住処、吉祥龍穴。
本当に龍が住んでいてもおかしくないような
所だったよ。
(つづく)
2026.3.7
奈良レポート(その3)
朝食を済ませ、民宿をチェックアウトし、
いよいよ室生寺に向かった。
前回書いた通り「室生」という地名や
「室生寺」の存在は、高校生の時には
知っていたが、「室生口大野」への遠足以外
訪れたことはなかった。
私のように奈良県よりの大阪に住んでいれば、
東大寺や奈良公園のように有名でなくても、
なんとなく奈良の地名や観光地は知っているものだ。
室生寺以外にも例えば、長谷寺、信貴山、
金剛山、どんづる峯(ぼう)など。
たぶん、遠足などで行ったり、行ってなくても
それなりに地元では知られていたりする所だ。
ところが、室生が「宇陀市」にあるということは
知らなかった。
室生が何郡か何市かなんて考えたこともなかった。
前日に食べた「宇陀牛」は宇陀市の特産だったのだ。
それはさておき、室生寺は泊まっていた民宿から
車で5分ほど。
まずは室生川を太鼓橋で渡る。
受付で入山料600円を払い、
進むと仁王門。
女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣が
許されていたことから「女人高野」の別名がある。
金堂。
本堂。
これらの中に土門拳が撮影した仏像が
あるのだが、残念ながら撮影は禁止だし
仏像の近くには寄れない。
「土門拳の室生寺」ならぬ「つつみしんやの
室生寺」を撮影しようという意気込みは、
簡単に砕けてしまった。
五重塔。
日本最小の五重塔。
近くで見るとミニチュアのように小さい。
といっても、16・22メートルある。
1998年の台風で壊滅的な被害を受けたが、
2000年に復旧工事を終え、今の姿になっている。
さて、ここから奥の院まで石段が続く。
仁王門から数えると奥の院まで約700段あるらしい。
何度も休憩しながらたどり着いた奥の院。
ここにはお坊さんがおられ、
御朱印などを買うことができる。
「毎日登ってくるのですか?
ここで寝泊まりされているのですか?」
と聞くと「恐くて泊まれない」と言ってました。
恐いのはこの世のものではないモノノ怪かと
思ったら、獣とのこと。
そういえば、どこかで「熊に注意」の看板を見た。
階段を何十段か降りて奥の院を見上げる。
宝仏殿で国宝や重要文化財になっている仏像を見て、
次は宿のご主人に教えてもらった大野寺へ。
大野寺の門。
ここは大きなお寺ではないが、お寺の前に
宇陀川が流れていて、その川の対岸の
切り立った岸壁に 13・8メートルもある
弥勒磨崖仏(みろくまがいぶつ)が
線刻されている。
経年のせいか 言われないと分からないのだけど。
(つづく)
2026.3.7
東西ジャズ・ギタリストの集い
ジャズ(ガチンコ)ライブ in 東京
大阪から3人、東京から3人の
ジャズ・ギタリストが小岩 Just in Time に集結。
「大阪 × 東京」の9組のデュオが
2曲ずつ計18曲演るという企画。
出演は、大阪から
村山義光、大野こうじ、中野純。
東京勢は、鈴木直人、馬場孝喜、
菅野義孝の合計6人。
これは面白かった。
途中休憩を入れて、3時間45分ぐらい
あったけれど、全く飽きることなく、
あっという間に時間が過ぎた。
9組の組合せには、相性もあっただろうし、
曲による得意不得意(好き嫌い?)も
あったかも知れない。
なにしろステージに上がってから、曲を
決めるというから、何を演るのかも決まっていない。
曲は、スタンダードナンバーばかりなので、
ほぼ全曲知っていたけれど、曲名がわからない。
以前、ジャズを演奏していた頃なら、
言えたのだけど本当に記憶力が落ちたもんだ。
まあ、曲名が分かるかどうかなんて、
音楽を聴く上においてどうでも良いことだけど。
曲名が分かったのは次の通り。
Autumn Leaves(村山 × 鈴木)
Georgia on my Mind( 〃 )
Sweet Lorraine(大野 × 管野)
All the Things You Are(中野 × 馬場)
Someday My Prince Will Come(中野 × 鈴木)
Just Friends(大野 × 鈴木)
Days of Wine and Roses(中野 × 菅野)
When You Wish Upon a Star(村山 × 馬場)
The Song is You( 〃 )
演奏前に曲名を話していたのが聞こえて
分かったのもあるし、私の思い違いで
間違いもあるかも知れない。
どの組合せも面白かったけれど、
個人的に良かったのは、中野 × 馬場、
大野 × 鈴木、中野 × 菅野、
そして、村山 × 馬場。
これは予想通り、一番強烈な組合せで、
トリでした。
この組合せは、今日の9組の中で
たぶん一番共演回数が多いのではないか。
もう10年以上前に馬場さんに村山さんの話しを
聴いて、YouTubeでは、そのデュオを観てきたけれど、
ようやく生で目の前で観ることができた。
やっぱり凄かった。
6人の中で一番個性が際立っているのが村山さん。
バッキングもソロも独創的過ぎるのだが、
馬場さんも負けていない。
互いに刺激し合い、反応し、
どんどん曲が展開されて行く。
展開され過ぎて、聴いている方が、
戻って来れるのかと不安になりそうだった。
100年経ってもあんなこと出来そうにないよ。
大阪勢は、村山さんしか存じ上げなかったが、
中野さん、大野さんも素晴らしかった。
中野さんはCDを持って来られていたので、
買いました。
知らなかったけど、2019年のジャズ・ギター・
コンテストの優勝者でした。
演奏しているご本人達が楽しそうなのも良かった。
ついに観た村山 × 馬場デュオ
終演後、6人そろって
ギターは、6人中3人がフルアコ、
ふたりがセミアコ、ひとりがソリッド。
村山さん、トラベラー・ギター EG-2
(かなり改造されているらしい)、
大野さん、アイバニースのジョージベンソン・モデル、
中野純さん、同じくジョージベンソン・モデル、
鈴木さん、PRSのホローモデル(SE)、
馬場さん、ウエストビルのセミアコ・タイプ、
菅野さん、貫禄たっぷりのギブソンのES-175。
会場はギター好きで満席でした。
[ MEMBERS ]
村山義光
大野こうじ
中野純
鈴木直人
馬場孝喜
菅野義孝
@BACK IN TIME(小岩)
2026.3.8
奈良レポート(その4)
東大寺の大仏を観るのは何十年ぶりだろう。
小学校低学年の遠足のあとにも、
一度や二度は来たと思うのだけど、
記憶が定かでない。
前にも書いた通り、奈良はあまりにも身近で
また東大寺はあまりにも有名で、
大人になってから行こうと思った覚えがない。
この機会だから、と行ってみて驚いた。
大仏殿を見ただけで、感動してしまったのだ。
大仏殿に驚くより、自分の反応に驚いたよ。
大仏さんの正式名は、盧舎那(るしゃな)仏
もしくは毘盧遮那(びるしゃな/ヴァイローチャナ)仏
と言うそうな。
その意味は、知慧と慈悲の光明をあまねく
照し出されている仏ということらしい。
大きさは次の通り。
像高14.98m/目長1.02m/耳長2.54m
顔長5.33m/鼻高0.50m/台座高3.05m
東大寺のウエブサイトによると
「天平15年(743)に盧舎那大仏造顕(造立)の
詔が発せられ、都が紫香楽(滋賀県甲賀市信楽町)
から平城に還ると、大和国金光明寺で盧舎那大仏の
造像工事が始まり、天平21年(749)仏身が鋳造。
同時に大仏殿の建立も進んで、天平勝宝4年
(752)に盛大な開眼供養会が営まれた」とある。
9年がかりで作られたわけだ。
それから何度か大仏も大仏殿も損壊・修理があり
現在に至っているようだ。
* * * * * * * * * * * * * * *
話しは大きく変わるが、地方に旅行に行くと、
妻はやたらと道の駅に行きたがる。
道の駅に行くために旅行をしていると
言っても良いぐらいだ。(言い過ぎ)
あまり買い物はしないが、私も売っているものを
見るのは好きなので、大体は旅行先で
スーパーなども覗くことにしている。
地域によって売っているものや値段の
違いを知るのは、それなりに面白い。
奈良の「旬の駅 ならやま」という農作物を
中心に売っている店では、東京では見かけない
珍しいキノコを見つけた。
(奈良県産とちゃうねんけどな)
山茶茸(鳥取県産)
やなぎまつたけ(長野県産)
エリンギならぬ「エリンギィ」(鳥取県産)
この横には、普通の「エリンギ」も並んでたよ。
気になるので調べてみた。
(奈良県と関係ないけど)
この「エリンギィ」を作っている「北村きのこ園」では
平成11(1999)年から「エリンギィ」を
売っているようで、ウエブサイトには、
「学名『Pleurotus eringyii』(プレロータス・
エリンジー)のスペルから見た韻より『エリンギィ』と
表されていたんだと思います」
と書かれている。
しかし、エリンギのシェア約50%のホクトは
「エリンギ」と表記しているので、
「北村きのこ園」は、ホクトさんは
「何故ちっちゃい「ィ」を無くしてしまったんだろう?」
と書いてます。
つまり、「エリンギィ」も「エリンギ」も
同じキノコだということです。
2026.3.10
奈良レポート(その5)
写真編
奈良で撮った写真を40枚以上、
インスタグラムに上げた。
その中から数枚を紹介。
奈良レポート 完
2026.3.10
CALIFORNIA SHOWER
SADAO WATANABE GROUP 2026
75周年記念 渡辺貞夫 グループ 2026
〜 カリフォルニアシャワー
先月93歳になられた渡辺貞夫さん。
今日のライヴは『CALIFORNIA SHOWER』と
銘打って、ちょっと懐かしめのセットリスト。
まさか93歳の『California Shower』が
聴けるとは思わなかった。
2017年の東京ジャズでの "渡辺貞夫
CALIFORNIA SHOWER 2017” 以来だ。
あの時、貞夫さんは84歳だったけど、
93歳の今日の演奏は、全く衰えていない。
もう奇跡の人です。
メンバーに ンジャセ・ニャン(パーカッション)も
いるため、竹村一哲(ドラム)との
ユニゾン・プレイもあって、大盛り上がり。
曲は『Rendezvous』、『California Shower』、
『Elis』、『One More Time』、『Orange Express』、
『I Thought of You』、『Only in my Mind』、
『Lopen’』など。
『Shosholoza』は6人ステージに並んで、
アカペラで合唱。
いったんステージを降りてのアンコールは、
『My Dear Life』。
最高。
なぜか泣けます。
[ MEMBERS ]
渡辺貞夫 (as)
小野塚晃 (p)
養父貴 (g)
コモブチ キイチロウ (b)
竹村一哲 (ds)
ンジャセ・ニャン (per)
@ かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
2026.3.18
The Allman Betts Band
オールマン・ベッツ・バンド
オールマン・ベッツ・バンド。
サザン・ロック好きには見逃せないライヴだ。
なにしろ、オールマン・ブラザーズ・バンド創設メンバー、
グレッグ・オールマン(Vo, Key, Gt)と
ディッキー・ベッツ(Vo, Gt)の息子たちのバンドだ。
さほどサザン・ロックに詳しくない私でも
これは観ておこうと思ったもの。
デヴォン・オールマンとデュアン・ベッツ。
彼らは父親に連れられ、子ども時代からツアーを経験。
それぞれ、ソロアーティストとして活動していたのだが
2018年からバンド活動が本格化したのだという。
以前は、オールマン・ブラザーズ・バンド創設メンバー、
ベリー・オークリー(b)の息子、ベリー・デュアン・
オークリー(b)も在籍していたようだが、
今回の来日メンバーには入っていない。
会場が暗くなると、映画『インディージョーンズ』の
テーマが流れて、メンバーの登場。
いでたちは、スタイリッシュとは言えないが、
ザ・アメリカン・バンドという感じ。
会場には、テンガロンハットの客が数人いたけど、
どうして日本人がかぶるとあんなにカッコ悪いんだろうね。
それはさておき。
ギターは、3人ともギブソン。
デュアン・ベッツが ゴールド・トップのレスポール、
デヴォン・オールマンが レスポール・ジュニア、
ジョン・スタチェラが SG だ。
デヴォンのアコギもギブソン。
「やっぱりサザン・ロックはギブソンが似合う」と
勝手なことを思う自分に気付く。
サザンロックだって、フェンダーを使うギタリストは、
いるだろうけど、デュエイン・オールマン、
ディッキー・ベッツ、デレク・トラックス、
ウォーレン・ヘインズ、マーカス・キングなど
印象としてはほとんどギブソンだ。
ベースは、フェンダーのプレジションだったし、
アンプは(ベースも合わせて)4人とも
フェンダーだったんだけどね。
ジョン・スタチェラは、スライドも担当。
ギターは3人の中ではこの人のプレイが一番好み。
演奏は、見た目と同じく「ザ・アメリカン・バンド」。
実はこのバンド、YouTubeで何曲か聴いただけで、
あまり詳しくは知らないのだけど、今日の演奏の
印象は、Blues・R&B色はあまり濃くなく、
白人のロックバンドという感じ。
オールマン・ブラザーズ・バンドもそうだったような
気がするけど、歌よりもインプロビゼーションが結構長い。
サザンロックの伝統を引き継いでいるんだろう。
テデスキ・トラックス・バンドの方が
黒い要素(実際黒人メンバーもいる)を感じて好きだな。
ま、比べるもんちゃうけどな。
デヴォンが、客席に向けて何枚もピックを投げた。
私の足元に落ちたので拾って来たよ。
約70分のステージ。
アンコールはなし。
終演後の写真。
[ MEMBERS ]
Devon Allman (Gt,Vo)
Duane Betts (Gt,Vo)
Justin Corgan (B)
Peter Levin (Key)
John Stachela (Gt)
Alexander Orbison (Dr,Perc)
Johnathan Lum (Dr)
@ Billboard LIVE Yokohama
2nd Show
2026.3.19
STEVE SMITH & VITAL INFORMATION
feat. Manuel Valera & Janek Gwizdala
スティーヴ・スミス & ヴァイタル・インフォメーション
feat. マニュエル・ヴァレラ & ヤネク・グウィズダーラ
スティーヴ・スミスは、1980年前後の
ジャーニーの絶頂期に在籍したドラマー。
"Don't Stop Believin'"、"Who's Crying Now"、
"Open Arms"、"Separate Ways" などは
スティーヴ・スミスが叩いている。
あの頃はロングヘア―だったけど、
今はすっかりスキンヘッドね。
また上原ひろみのザ・トリオ・プロジェクトで
叩いている映像も観たことがある。
そのトリオのドラマーはサイモン・フィリップス。
日本ではなかったが、海外公演では
スティーヴ・スミスがドラムだったこともあったようだ。
そのスティーヴ・スミスが80年代から続けている
「Vital Information」を観てきた。
このライヴは、2020年に予定されていたけど
パンデミックで延期となっていたもので
ようやく実現したらしい。
メンバーは、マニュエル・ヴァレラとヤネク・グウィズダーラ。
キーボードのマニュエル・ヴァレラのことは
今回初めて知った。
ベースのヤネク・グウィズダーラは、
2012年の渡辺香津美、
2014年のチャック・ローブ、
2019年の THIRD RAIL に続いて
なんと4回目だったけど、名前が覚えられない。
("THIRD RAIL"は、キーボードの魔術師と
いわれるジョージ・ウィッティ、
ベースのヤネク・グウィズダーラ、
ドラムのトム・ブレックラインによるトリオ。)
実は今日は元々は オールマン・ベッツ・バンドの
ライヴを予約していたのだけど、このライヴを知り、
そちらを昨日に変更して観てきたよ。
昨年リリースのニューアルバム『New Perspective』では、
以前に録音した曲を新しい解釈によるアレンジで
再レコーディング。
ジャーニーの "Don't Stop Believin'"、
"Who's Crying Now"、"Open Arms" などが
新解釈で 生まれ変わっている。
今日は、その中から "Don't Stop Believin'" が聴けた。
メロディは聞こえるが、もう別の曲です。
"Eight +Five" でスティーブは、ヘッドセットのマイクを
付けて、ドラミングとスキャットのユニゾン。
ギターやベースでは、ジョージ・ベンソンや
リチャード・ボナなどでお馴染みのプレイだが、
ドラムで演るのは初めて観たよ。
全体的な印象としては、CD で聴く以上に
ドラムがリーダーのトリオという感じでした。
ほかのふたりも素晴らしかったけど。
ドラミングは、ややロックな印象ね。
スティーヴ・スミスを、生で聴くのは初めてだと思う。
サイモン・フィリップスとスティーヴは、前述の通り
どちらも上原ひろみとトリオ歴があるけれど、
スティーヴはサイモンとはまた違う味のドラマーでした。
お客さん、ほぼ満席ではなかっただろうか。
終演後サインをもらうため、行列が出来ていたことからも
人気の高さがうかがえる。
[ MEMBERS ]
Steve Smith (ds)
Manuel Valera (key)
Janek Gwizdala (b)
@ Blue Note Tokyo
2nd show
2026.3.22
高中正義
TAKANAKA SUPER WORLD LIVE 2026
“Guitar Breeze 出発前夜”
昨年のロサンゼルス公演の成功もあって、今年は
大きなワールドツアーが組まれている高中正義。
今月の終わりから、イギリス(ロンドン)、
アメリカ(ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、
ロスアンジェルス)、オーストラリア(シドニー、
メルボルン)、ニュージーランド(オークランド)と
8都市13公演が予定されている。
この数年の海外における日本のシティ・ポップスの
ブームは、ウタモノだけではなく、インストにも拡がり、
高中や日本の80年代のフュージョンにまで広がっている。
今年のワールドツアーもイギリス、アメリカの5公演の
チケットが昨年11月に発売されると即日ソールドアウトで、
現在、全13公演のうち 12公演がソールドアウトになっている。
人生何が起きるか分からない。
70歳を過ぎて、こんなワールド・ツアーが
可能になるなんて、ご本人も誰も思わなかっただろう。
さて、今日はそのワールドツアーの「出発前夜」と
題されたコンサートを観てきた。
@ NHKホール。
席は3階の7列目。
ステージまでちょっと遠い。
前回同様、客電が落ちると「タカナカー」という
掛け声が始まり会場が熱くなる。
赤いスーツに白いシャツ、黒い蝶ネクタイの高中氏。
ギターは、ヤマハでもギブソンでもない SG タイプ。
オペラグラスを用いても私の席からは、
ヘッドのロゴが読み取れないけど、
左右非対称の SG っぽいシェイプで、
ヘッドの形状から ESP のようにも見えたが、
ヘッドのロゴはもう少し長い文字列に見えた。
そのギターで、1曲目は『Blue Lagoon』。
『Radio Rio』と続く。
ギターをブラウン・サンバーストのストラトキャスターに
持ち替えて数曲(曲名が覚えられない)。
ヤマハの SG で『哀愁のヨーロッパ』(サンタナのカバー)。
そのほか、『Oh! Tengo Suerte』、『TAJ MAHAL』、
『渚・モデラート』、『Ready To Fly』、『黒船』など。
ギターは、ジャズマスタータイプの物も使用。
(これもヘッドのロゴが見えない。)
アンコールは、サーフボードギターを
持って登場し『Jumping Take Off』。
オーラスはドラマティックに
『You Can Never Come To This Place』。
ここの流れは、昨年と同じだ。
アンコールまで入れて1時間50分と
昨年より、やや短めだった。
数年前に比べて、外国人のお客さんが増えた。
それだけでも海外の人気の上昇を感じる。
来週日曜日にロンドンに向けて出発とのこと。
冒険の旅だと言って『インディー・ジョーンズ』の
テーマも演奏してた。
3月27日で、73歳になる高中。
ワールドツアーの成功を祈る。
[ MEMBERS ]
高中正義(Gt)
斉藤ノヴ(Perc)
岡沢章(Ba)
宮崎まさひろ(Dr)
井上薫(Key)
高本りな(Key)
AMAZONS(Cho)
(AMAZONS 吉川智子は体調不良により
出演をキャンセル)
@NHKホール
2026.3.23
走ることについて語るときに僕の語ること
村上春樹 著
先月、村上春樹の音楽エッセイ
『意味がなければスイングはない』を
読んだ流れで本書のことを知った。
今年3年連続3度目となるフルマラソンを
走るつもりでいる私は、本書の存在を知り、
「これは読まねば」と思ったのだ。
まず、タイトルについて触れておきたい。
前述の『意味がなければスイングはない』は、
ジャズ・リスナーならお気づきの通り、
デューク・エリントンの超有名曲
『スイングがなければ意味はない
(It Don't Mean a Thing If It Ain't Got That
Swing)』に由来する。
そして『走ることについて語るときに僕の語ること』は
村上春樹氏が敬愛する作家、レイモンド・カーヴァーの
短編集のタイトル『愛について語るときに我々の
語ること(What We Talk About When We Talk
About Love)』が元になっている。
『走ることについて語るときに僕の語ること』は、
日本語としてはいささかまどろっこしい言い回しの
ように感じるが、そういう背景があったんだ。
さて、毎年フルマラソンを走り、100キロ・ウルトラ
マラソンを完走し、トライアスロンにも出場する村上氏。
最近知ったのだが、2024年に大病を患い、
1ヵ月の入院を余儀なくされ、
体重が 18キロも落ちたらしい。
以前は、毎日1時間のランニングが日課だったようだが、
病気のあとの今はどうなんだろう。
あまり、メディアに出たり私生活を表に出す人では
ないようなので、詳しいことは分からないが。
本書は、2005年の夏から 2006年の秋にかけて
50 代の時に書かれたもの。
ストイックさや努力家であることが伝わって来る。
ご本人は「メモワール(自伝・回想録)」のような
ものだと位置づけておられるようだが、
確かに小説を読んでも知ることのできない
「村上春樹」という人物のことを知ることができると思う。
一時、彼はフルマラソンを3時間以内で走った
本格的なランナーで、私のような超ノロマなランナーとは
比べ物にならないが、それでも「走る」という
行為は同じで、共感できることも多かった。
おそらくマラソンに挑戦していなければ、
そんな共感もなかっただろうし、何より
この本を手に取らなかったに違いない。
本書では、氏が 50代になって以前のように
走れなくなり、年齢と体力の衰えを感じるような
ことが書いてある。
一方、60歳を過ぎて走り始めた私はスタートの
レベルが低すぎたおかげで、63歳にしてまだ
伸びしろを感じている。
この年になって衰退ではなく、進化・成長を
感じることができる(分野がある)というのは、
ラッキーなことだと思う。
スタートのレベルが低いのも悪くない。
そして、どういうわけか後書きの最後の文章で
泣きそうになるほど感動してしまった。
本書にそういう感動を期待も予想もしていなかったので、
これは虚を突かれた感じです。
★★★★▲
<気に入った文章>(文脈も大事だけど)
今のところ僕はまだ、音楽とコンピュータを
からめたくはない。友情や仕事とセックスを
からめないのと同じように。
学校で僕らが学ぶもっとも重要なことは、
「もっとも重要なことは学校では学べない」
という真理である。
そこでは、走るという行為がほとんど形而上的な
領域にまで達していた。行為がまずそこにあり、
それに付随するように僕の存在がある。
我走る、故に我あり。
生きることのクオリティーは、成績や数字や
順位といった固定的なものにではなく、
行為そのものの中に流動的に内包されて
いるのだという認識に(うまくいけばという
ことだが)たどり着くこともできる。